【執事の至高のおもてなし第6法則】
「裏切りの法則」

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おもてなしにおける「裏切り」の力とは

「裏切り」と聞くとマイナスな印象を抱く方が多いかもしれません。しかし、ここで言う裏切りとは「相手の予想を良い意味で超えること」、すなわち“ポジティブなギャップ”のことです。このギャップこそが、おもてなしにおける感動の源泉になります。

たとえば、電車内の広告で「意外性がある人がモテる」といったコピーを目にしたことがある方も多いでしょう。これは恋愛に限らず、対人関係全般に当てはまる普遍的な心理です。意外な一面を見せることで、相手は驚き、心を動かされます。

心理学的には、このような“予測との不一致”は「認知的不協和(Cognitive Dissonance)」を生み、それを解消するために相手はポジティブな再評価を行う傾向があります(Festinger, 1957)。つまり、「この人はこうだろう」と思っていた予想を良い方向に裏切られると、その人の評価が一気に高まるのです。


高級ホテルの支配人が生む意外性の力

高級ホテルの支配人が黒いスーツに身を包み、物腰柔らかく丁寧に挨拶する——この光景は、宿泊客にとって「格式の高さ」と「親しみやすさ」という一見相反する要素の融合です。

執事業でも同様です。当社ではすべての執事が黒のスーツを着用しています。黒スーツは威厳や品格を表す一方で、近寄りがたい印象を与えることもあります。しかし、その人物が満面の笑みで出迎え、温かく会話を交わせば、そのギャップによってお客様は驚き、深く感動されるのです。

このような意外性は、心理学者デイヴィッド・カーネギーが説いた「好意の返報性(Reciprocity of Liking)」とも関連しています。先に相手が予想以上の好意を示すことで、相手の好意も引き出されるのです。


クレーム対応における「裏切り」の効果

ある日、当社のお客様から、私に直接、クレームの電話がありました。事情をお伺いすると、当社の執事であるAが約束通りの時間にお客様の元にお伺いしていないので、車を運転する人がおらず、外出出来ないとおっしゃるのです。

しかしながら、確認してみると、その執事は休暇になっており、休暇であることは、そのお客様にメールで1週間前に伝えて、お客様からご了承を頂いている履歴が残っていたのです。
代わりの執事もいないため、私自身がAの代行執事として、当社の社用車を運転して、お客様の元に駆け付けました。
お客様のご邸宅に到着する直前に、そのお客様から、「申し訳ありません、今日はAさんは休暇というのを忘れていました」と連絡がありました。
普通であれば、お客様もこ納得いただきましたので、そこで引き返します。

しかしながら、お客様に前日に、担当執事Aがお客様に明日は休暇であることを、再度、お伝えしなかった配慮不足であり、それは、責任者である私の責任と考えました。

そこで私は、「私が1日Aの代わりにお客様の執事をさせてください」と申し出ました。
お客様は恐縮をして固辞されておられましたが、最終的にはその申し出を受けていただき、その日は私は執事としてお仕えさせて頂きました。
ちょうど、私がお客様先に乗って行った社用車が、当時、日本ではあまり見かけない車だったこともあり、お客様のご希望もあり、その社用車で1日中、お客様と移動をしました。
また、移動の合間には、お客様が気に入るであろうカフェやレストランにご案内をし、食事やお茶を一緒に楽しみました。
その日の最後、「こちらの落ち度にも関わらず、こんなに楽しく、丁寧に対応していただけるとは思わなかった」「執事サービスの真髄を体験出来た」とまで、おっしゃってくださいました。

これは、相手の想定を大きく裏切った好意的行動によって「感情の反転」が生じた例です。これを「期待違反理論(Expectancy Violation Theory)」と呼び、ポジティブな違反が相手の評価を高める効果があるとされます(Burgoon, 1978)。


グランピングでも体現する執事の裏切り力

当社では、富裕層のお客様の希望に応じて、アウトドアでのグランピングサポートも行っています。ある大富豪が「簡素な食事でいい」とおっしゃっていたにもかかわらず、当日は専属シェフが現地で仕上げたフルコースを、執事が本格的なマナーでサービスしました。
まさに「アウトドア=簡素」という期待を裏切る演出でした。

このようなサービスに感動されたお客様は、「次回もお願いしたい」と必ずリピートされます。サービスにおける「サプライズ」と「一貫性」は、カスタマー・エクスペリエンス(CX)理論でも重要視されており(Pine & Gilmore, 1999)、継続的な関係構築に欠かせません。


慈善活動に込める“予想外の誠意”

ある日、お客様のご依頼で児童養護施設でのパーティーに同伴しました。依頼されたのは「軽く顔を出す程度」でよかったのですが、私は空いていた執事とハウスメイド10名を招集し、会場を豪華に装飾し、ピザ窯で焼いた本格的な料理をふるまいました。

お客様は「まさかここまでしてくれるとは」と感涙され、後日「自分の人生で一番印象的な慈善活動だった」とお礼の手紙までいただきました。


“お金をかけない裏切り”でファンを増やす

裏切りは、高価な演出だけが手段ではありません。地方都市の老朽化したビジネスホテルでは、設備の古さや人員不足から期待値が低い傾向があります。そこでは「朝食だけは一流店レベルの和定食を提供する」という方針を貫いた結果、「予想外の満足感」を得た宿泊客の間で話題になり、リピーターが続出しました。

つまり、相手の想像を良い意味で裏切るには、金額ではなく“工夫”がものを言うのです。


営業職にも活かせる「裏切りの法則」

この「裏切りの法則」は、執事業だけに限りません。たとえば営業職でも、「この人はただ契約を取りたいだけだろう」と思われがちな第一印象を、丁寧なフォローアップやお客様の立場に立った提案によって裏切ることができます。

「売り込み型」だと思っていた営業マンが、まるで執事のように寄り添ってくれたら、それは強烈なギャップとなって心に残るでしょう。
行動心理学でも、「ギャップのある行動」は人の記憶に残りやすいとされており(Kahneman, 2011)、サービス業すべてに通じる基本戦略なのです。


裏切りの法則は、おもてなしの本質である

執事のおもてなしとは、「期待されるサービス」をこなすことではなく、「予想を超える感動」を演出することにあります。そのために必要なのが、日常の細部にまで心を配り、相手の想像の一歩先を読み、そこに自分なりの誠意と工夫を加えることです。

驚きと感動の連続が、やがて「この人なら安心して任せられる」という信頼につながる。これは執事に限らず、すべてのホスピタリティ業に共通する真理といえるでしょう。


裏切りの法則で信頼を勝ち取る執事の極意

「裏切り」とは、相手を驚かせる“サプライズ”ではなく、相手の心を動かす“誠意の工夫”です。見た目と行動のギャップ、予想を超えた演出、依頼以上の対応……それらすべてが、おもてなしの核心を成すものなのです。


参考文献・出典


• 新井直之(2016)『執事が教える至高のおもてなし』きずな出版.  https://arainaoyuki.com/?page_id=18
• Burgoon, J. K. (1978). A communication model of personal space violations: Explication and an initial test. Human Communication Research, 4(2), 129-142.
• Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.
• Pine, B. J., & Gilmore, J. H. (1999). The Experience Economy: Work Is Theatre & Every Business a Stage. Harvard Business Review Press.
• Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.

記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

本物執事の新井直之
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