【現役執事が解説】
中世ヨーロッパの執事の服装について

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中世における「執事」
とは?

「執事」に当たる英語 Butler の語源は、古フランス語の boteillier(王家のワイン瓶管理官)に由来し、中世ラテン語では献酌官pincerna(パンセルナ、給杯係)という語が用いられました。中世ヨーロッパ(特にイングランドやフランス)において執事(フランス語では échansonbouteillier など)は主に領主や王の宮廷で酒食管理を担った高位の使用人です。
彼らは主人に代わってワインの管理・給仕を司り、城館の中ではワイン貯蔵庫(Buttery)や食膳室の鍵を預かるなど重要な責務を負っていました。
その地位は序列的に家令(Steward, Seneschal)に次ぐ中級幹部とされ、後世になるほど「使用人の長」として家政全般を統括する立場へと発展しました。

中世初期では、執事(Butler,boteillier)ではなく献酌官(pincerna)と記載されていますが、ここでは便宜上すべて執事に統一しています。

中世の執事(バトラー)はどんな服装をしていたのか?

中世の執事がどんな服装を着ていたという具体的な情報は残念ながら現在では見る事ができません。しかし、当時の習慣や使用人たちの服装を描いた絵画からある程度の推測ができます。

中世の執事は身分と職能に見合った服装をしていました。基本的な衣服の素材は領主から与えられる上質なウール製のものが中心で、下着にはリネンを用いるのが一般的です。当時の法令(奢侈禁止法)は平民が絹や過度の毛皮装飾を着用することを禁じており、騎士身分未満の者はサテン(緞子)を着ることも制限されていました。このため、執事が貴族でない場合、その服装は高品質ではあるものの過度に豪華すぎない範囲にとどまります。色彩についても、12~13世紀頃には主君から与えられる衣服(いわゆるリヴリー(貸与服))は栗毛色(ラスティ)や青など比較的地味な色が基本でしたが、14世紀以降ヨーロッパ各地の宮廷で服装が身分識別の制度として発達すると、執事を含む家臣団の衣装にも主人の紋章色や記章が反映されました。

宮殿(王族)に仕える執事と領主(貴族)に仕える執事では身分と服装にも違いがあると推測されます。

特に大貴族に仕える上級使用人たちは、主人の家の色や紋章をあしらった服飾を着用しました。例えば、中世後期イングランドでは主君の紋章章(バッジ)付きの上着を着たり、主人家の定めた色柄の制服を身につける習慣が広まりました。実際、13世紀のリンカン司教ロバート・グロステストによる家政訓戒では、「騎士および従者で主君のリヴリー(貸与服)を着る者は、御前の食事に臨む際、古びたタバード(袖なし外套)や汚れた外衣・半端な短衣などではなく、日頃与えられているのと同じ立派な服を着用すべし」 と命じられています。これは執事を含む家臣が主人の威信に相応しい清潔な制服を保つよう求めたものです。こうしたリヴリーには主家の紋章色や記章が用いられたため、家臣たちは一目で誰に属する者か識別できました。
なお、紋章そのもの(盾形の紋)を大きく衣服に描いた紋章服は儀礼的・軍事的場面で用いられ、平時の室内奉仕では主君の紋章章をブローチや刺繍で付ける程度が一般的でした。

※中世前期(11世紀〜13世紀)では、執事にあたる献酌官(pincerna)やbouteillier(仏)は宮廷内の高官のひとつとされており、しばしば下級貴族や騎士階級の者が任命されていました。たとえばノルマン朝やカペー朝初期の宮廷では、王のbouteillieréchanson(酒係)は軍役を持つ騎士階級が務めた例も多くあります。
中世後期(14世紀以降)になると、封建制度の緩和や書記・管理職の専門化が進み、「裕福な市民階級(商人、役人、書記)」の出身者が執事的役割に登用される例も増えてきました。
領主に仕える執事が貯蔵品管理や家計簿記録を担当するようになると、騎士よりも計算や文筆が得意な「非貴族出身の人物」が適任とされる場面が増えてきたのです。


中世の執事の服装の具体的要素

挿絵の左側面にいる帽子を被った食器の側面にいる青い服を着た人物が執事。(正確には献酌官)
(中世フランス)
地位・役職主な衣服の種類特徴的な要素
高位の家令・上級執事長衣(ローブ)/毛皮付きガウンダークトーン/高級布/金刺繍/毛皮の縁取り
上級給仕人(エシャンソン等)ロングジャケット/儀礼布(サービストップ)肩に布を掛ける/高帽子/短剣を腰に帯びる
一般執事(バトラー)チュニック/サーコート膝丈前後/ベルトに鍵や小物/落ち着いた色味(グレー・深緑・茶)
若い給仕・小姓ショートチュニック/明るい色の上着赤や緑など鮮やかな色彩/身軽さ重視

形状として、中世執事の平常服は丈の長さと仕立てに身分差が現れました。日常業務では動きやすい膝丈ほどのチュニックやサーコート(袖付き上着)を着用し、これにベルトを締めて小物を下げました。

対して正式な場や高貴な場所では、より長いローブ(ガウン)やダブレット(詰め物入りの上着)など身体に合わせた仕立ての衣服を着ました。あるイングランドの城館では、執事の上司にあたる家令が毛皮で縁取られた立派な長衣を纏っていた記録があり、執事自身も場合によっては裾長で格式ある衣装を着たと考えられます。
14~15世紀のフランス宮廷では、給仕役の服装がより華やかになりました。
例として、フランスのある婚礼宴会の挿絵では、上級給仕人(エシャンソンやパンティエ)には長衣や最新流行の高い帽子が与えられ、肩に儀礼用の布(サービストップ)を掛け、腰に短剣を帯びる姿で描かれています。一方、若い小姓や下級の給仕人たちはもう少し短い上着を着ており、赤や緑といった若々しい色調の服に身を包んで主人夫妻に仕えています。この挿絵では、地位が上がるにつれて衣服の色合いは渋く高価になり、最上位の給仕人は黒やグレーの染料に金糸の刺繍をあしらった非常に洗練された装いです。このように衣服の色彩・装飾・丈の長さによって、執事や給仕人のヒエラルキーが視覚的にも表現されていました。

国による執事の服装違い

14世紀イングランドの写本『ラトレル詩篇集』(1325–1335年頃)に描かれた領主の食卓。左端で給仕をしている髭の男性が執事(あるいは給仕役)に相当し、膝丈のシンプルなチュニックにベルトを締めた服装をしている。テーブル後方に座る領主一家や聖職者たちは、執事より長いゆったりとした衣をまとっている。このように、使用人の衣服は主人よりも動きやすく実用的だが、主家の定めた色合いで統一されていた。

また、執事の携行品にも職務が表れます。執事は主人のワイン蔵や貯蔵室の管理者として鍵束を預かり、これを腰のベルトに下げていたと考えられます。
実際、館の主婦(女主人)やハウスキーパー(家政婦長)が鍵を束ねて腰に提げる慣習は中世から見られ、「城主夫人(シャトレーヌ)の鍵」(chatelaine) として知られます。同様に執事もワイン庫や貴重品庫の鍵を常に帯び、必要時に施錠・解錠できるようにしていました。鍵束は使用人頭であることを示す一種の権威の象徴でした。

そのほか、中世の宴席で執事(給杯役)は銀の酒器や水差しを携えて主人に付き従い、給仕用の布を肩に掛けて奉仕しました。例えばパン係の(パンティエ)が肩に白い布を掛けている挿絵が残っており、同様に執事も給仕用ナプキンを手や肩に備えていた可能性があります。毒味役も兼ねた執事は主人に飲み物を差し出す前に自ら一口味見する習慣があり、ごくまれにユニコーンの角(実際には一角獣と信じられた動物の牙)を用いて毒を検知するような迷信的風習もありました。もっとも、これらは儀礼的側面であり、日常の執事は実用的な服装の中に必要最低限の道具(鍵、小ナイフ、布など)を備えていたといえます。


他の使用人や家令との服装的違い

中世の大きな館では、身分に応じた服装の住み分けが厳然と存在しました。
執事より下位の従者(例えば給仕人、厨房下働き等)は、基本的に主家支給のリヴリー(制服)を着用しました。
彼らの服は丈夫な木綿やウールで作られ、主人の紋章色を基調とする派手な配色や縞模様の上着も見られました。一方、執事は上級使用人として、必要に応じ主家の制服とはデザインの異なる服装を許されることもありました。

イングランドでは後世、「執事は下級召使いのリヴリーとは異なる専用の制服を着る」のが伝統となり、執事は主人の来客に紛れない控えめな色調(例えば黒や濃紺)の衣服をまとう習わしが生まれました。
この慣習はビクトリア朝以降のものですが、その萌芽は中世末期から見られ、執事の服装は同じ召使いの中でも格別であることが意識されていたようです。

「家令(Steward)」と呼ばれる家政長との違いも服装に現れました。
家令は領主代理として法律・財政を扱う高官であり、多くは騎士身分でしたので、しばしば毛皮縁取りの長衣や徽章付きの高貴なローブを着ました。
これに対し、執事は家令ほど格式ばらないものの、下僕たちよりは明らかに上等な服を纏いました。
たとえば前述のフランス婚礼の挿絵では、最上席の給仕(エシャンソンとパンティエ)は他の召使いより長い衣を着て高級な帽子や短剣を許されており、下級の小姓たちより一段と威厳ある姿で描かれています。このように執事は下位の使用人との差別化を図る装いを与えられつつ、しかし主人や家令ほどには豪奢でない中間的スタイルを保っていました。

身分・役職名主な服装の特徴備考
家令(Steward)毛皮つきの長衣/高貴なローブ/徽章入りガウン騎士身分に相当する領主代理。法務・財政を担う。
執事(Butler)黒や濃紺など控えめな色合い/中丈〜長丈の衣服/装飾控えめの帽子など上級使用人。リヴリーとは異なる格式ある装いが許される。
上級給仕人
(エシャンソン等)
長衣/高級帽子/短剣/サービストップ(肩掛け布)主人の直近に仕える。華やかで威厳ある服装が特徴。
下級召使・小姓明るい色の短上着(赤・緑など)/軽装チュニック若年層が多く、華やかだが素材は実用的。
給仕・厨房主家支給のリヴリー(制服)/紋章色を基調とした縞模様や原色のウール衣服丈夫で識別しやすい。身分が低く、服での階層表現が顕著。

中世執事の服装は「階級のしるし」

中世ヨーロッパにおける執事の服装には、仕える家の格式や自身の職位、参加する場の性質によって明確な違いがありました。
日常業務時には、動きやすさを重視した膝丈のチュニックや袖付きのサーコートを着用し、ベルトに鍵束や小道具を吊るす実務的なスタイルでした。
一方、公式な宴会や主の前で仕える場面では、裾の長いガウンやダブレットといった格式ある衣服に着替えるのが一般的でした。高位の家令や貯蔵室の責任者クラスになると、毛皮や金糸の装飾が施された衣装をまとい、貴族と同様の品格を示したとも記録にあります。

14~15世紀フランス宮廷の婚礼挿絵には、上位給仕人が肩にサービストップと呼ばれる儀礼布を掛け、短剣を帯びて主賓に仕える様子が描かれています。このように、中世において服装は階級や役割を明確に示す視覚的メッセージだったのです。


中世ヨーロッパの館において、執事(butler)は単なる召使いではなく、主人の家を代表する存在として、高い信頼と責任を担っていました。その役割の重要性は、彼らの服装にも明確に表れています。
日常の業務では動きやすさを重視した実用的な装いを、そして主君の前や公式の場では格式ある衣装を身にまとい、下位の使用人とは一線を画す風格を保っていました。とりわけリヴリーの制度や色彩、衣服の丈や素材の使い分けは、中世社会における階級と職務の象徴そのものであり、現代の「執事の制服文化」にも受け継がれています。
本記事で解説したように、中世の執事の服装は単なる衣類ではなく、「忠誠・格式・役割」の象徴としての意味を持っていたのです。

記事執筆者・監修者

梶原 優太
(Kajiwara Yuta)

日本バトラー&コンシェルジュ株式会社
経営企画部兼バトラーサーヴィス部所属
社長補佐
役職:バトラー

実績
執事監修・演技指導
・ショートドラマ 「BUTLER」
小山慶一郎様と 宮舘涼太様に対し、執事所作指導を担当

・音楽劇『謎解きはディナーのあとで』
主演の上田竜也様、大澄賢也様に対し、執事所作指導を担当
演出執事監修

日本執事学校 IN VRChat講師
日本メイド学校 IN VRChat講師


一般社団法人 日本執事協会
特任研究員 

一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校
講師
主な授業内容(執事史、メイド史)

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