【現役執事が解説】
ヴィクトリア朝時代、使用人のボーイについて


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ボーイとは? 男性使用人の登竜門

ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、多くの上流・中産階級の家庭が「ボーイ」と呼ばれる少年使用人を抱えていました。
ボーイは10代前半〜半ばの若年男性で、使用人階級の中では最下層に位置する存在であり、典型的な大邸宅では厳格な使用人のヒエラルキーが存在し、ボーイは男性使用人の中で最下位にあり、女性使用人で言えば台所仕事の下働きである皿洗い女中(スカラリーメイド)に相当する地位でした。

彼ら少年使用人には長時間労働と雑役が課され、ホールボーイ(Hall Boy)やブートボーイ(Boot Boy)のような職種名で呼ばれた。
※「ホールボーイ」の名は、彼らが使用人ホール(召使いたちの食堂)で寝起きしたことに由来。

当時、使用人を何人雇えるかは一家の富と体面を示す指標であり、使用人は主人一家のぜいたくな暮らしを支える重要な構成員でした。
とはいえボーイに与えられる待遇は非常に厳しく、通常は週7日・1日16時間にも及ぶ過酷な労働を課せられていました。
給料も微々たるもので、20世紀初頭の例ではホールボーイの年収は約16ポンド(当時)とされ、これは同じ屋敷の料理長や執事の給与の半分以下に過ぎませんでした。こうした低い身分ゆえ、ボーイは屋敷内のあらゆる上役から雑用を命じられる立場にあり、時に理不尽な扱いや粗野な叱責の対象ともなりましたが、働き方によってはボーイからフットマンへ出世し、さらに能力を認められるとヴァレットや執事などの上級使用人になることができ、そういった意味でも男性使用人の登竜門でした。


どのような仕事をしていたのか

少年使用人、通称「ホールボーイ」は、ヴィクトリア朝の屋敷において最下級の男性使用人とされ、日々の業務は家事雑用のあらゆる面に及びました。彼の一日は、屋敷の誰よりも早く、午前6時ごろに起床することから始まります。最初の仕事は、主人や上級使用人の靴を丁寧に磨き、それぞれの部屋へ戻すことでした。
次に行うのは、男性使用人たちの夜壺(おまる)の回収と処理です。夜壺は汚物が入っているため、専用のぼろ布で洗浄し、清潔に保つ必要がありました。これは衛生管理の一環であり、朝の重要な任務のひとつでした。
朝食の準備もホールボーイの担当で、使用人たちが食事を取る「ホール」と呼ばれる食堂のセッティングを行い、上役たちに給仕します。また、主人一家が朝食を取る学習室においても、給仕の役割を果たしました。
午前中から午後にかけては、屋敷内外の様々な使い走りに追われます。ホールボーイは他の使用人たちから自由に呼び出され、雑用を命じられる立場にありました。例えば、皿洗い女中の補助、館内清掃での下級女中の手伝い、さらには厩務員やフットマンの作業の補助など、多岐にわたる雑務を遂行しました。
また、屋敷中の暖炉に石炭や薪を補充したり、ランプのホヤを磨いたりするような、重労働や汚れ仕事も日課の一部です。
正午頃には、使用人たちの昼食(当時は “Dinner” と呼ばれていました)を知らせるために、食堂の鐘を鳴らします。その後は、料理の運搬や配膳、下げ膳に従事します。
午後も雑用に追われますが、日課がスムーズに進んだ場合には、午後2時半から3時半頃の間に、わずかながら休憩時間が与えられることもありました。
夕方になると、主人一家の晩餐においてフットマンたちとともに給仕を手伝います。夜には使用人たちの簡素な夕食(Supper)の準備・配膳を行い、最後の業務として、再び主人や上級使用人たちの靴を集めて磨き、翌朝に備えて整えておきます。
このように、ホールボーイは一日を通してあらゆる下働きを担い、屋敷の中で最も忙しく、かつ最も厳しい立場にある存在でした。
時間帯業務内容
午前6時頃起床。主人や上級使用人の靴を磨き、部屋に戻す。
早朝男性使用人たちの夜壺を回収・洗浄。ぼろ布で清掃。
使用人食堂の朝食準備・給仕。
主人一家の学習室への朝食給仕。
午前~午後屋敷内外の使い走り。
他の使用人から呼びつけられ、雑用全般を手伝う(皿洗い、清掃補助、厩務員やフットマンの補助など)。
暖炉への石炭・薪の補給、ランプのホヤ磨きなどの力仕事も含まれる。
正午頃執事の指示のもと、食堂の鐘を鳴らして昼食(Dinner)を知らせる。
料理の運搬、配膳・下げ膳。
午後2時半~3時半頃(例外的)日課が順調に進んでいる場合に限り、短時間の休憩。
夕方主人一家の晩餐の給仕補助。
使用人食堂での簡単な夕食(Supper)の準備・配膳。
就寝前再度、主人一家および上級使用人の靴を集めて磨き、翌朝に備える。


どんな役職があったのか

ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、華やかな貴族文化の陰に、多くの使用人たちが屋敷の秩序と快適さを支えていました。その中でも「ボーイ(Boy)」と呼ばれる少年使用人たちは、最下層の立場にありながら、多岐にわたる重要な雑務をこなしていました。
例えば、下記のように担当する業務によって役職がついていました。

ホールボーイ:一番スタンダードな仕事、他の使用人や主人の指示に従うために待機していました。
ランプボーイ:屋敷にあるランプの管理、その他雑用
スチュワードボーイ:家令の補佐を行う

その中でも「ホールボーイ」「ブートボーイ」「フットボーイ」という三つの典型的な役職に注目し、それぞれの仕事内容と立場を歴史的に掘り下げて解説します。

ホールボーイ(Hall Boy)とは

ホールボーイは、ヴィクトリア朝の屋敷における最下層の男性使用人であり、雑用係の代表格でした。彼の業務は文字通り屋敷全体に及び、以下のような日々の業務を担っていました。
・主人や上級使用人の靴を毎朝・毎晩磨く
・使用人たちの夜壺(おまる)の回収と洗浄
・使用人食堂(ホール)の配膳準備と給仕
・主人一家の朝食配膳補助
・館内清掃や皿洗いの補助
・暖炉の石炭補充やランプの手入れなど力仕事も担当

ホールボーイは「全使用人の下働き」であり、上級の使用人から随時命令を受けて動く柔軟性と持久力が求められました。大邸宅では複数のホールボーイが交代制で配置されることもありましたが、一般的には少年1名が長時間働き続けるのが通例でした。


ブートボーイ(Boot Boy)とは

ブートイボーイは、履物の手入れを専門とする少年使用人で、英語圏では単に「ブーツ(Boots)」とも呼ばれました。主な業務は以下の通りです。

・主人や使用人の靴やブーツの泥落とし・磨き上げ
・靴墨(ブートブラック)の調合と塗布
・長靴や乗馬用ブーツなどの特殊な革製品のケア

当時の靴墨はろう・動物脂・煤・油などを混ぜ合わせて自作するもので、扱いを誤ると皮膚に薬品が付着して火傷する危険もありました。つまりブートボーイには、単なる雑用係以上の「専門技術」が要求されていたのです。
屋敷の規模によってはホールボーイと兼任するケースもありましたが、ブートボーイが独立して雇われるほど、靴磨きは重要な業務とされていたことが分かります。

※画像はブートボーイではありませんが、雰囲気が伝わるイメージ画像になります。


フットボーイ(Foot Boy)/ページボーイとは

フットボーイは、将来フットマンになるための見習い少年で、貴族や上流家庭に仕えるための訓練期間にあたります。年齢は10歳から16歳ほどが一般的で、「ページ(Page)」とも呼ばれました。
主な業務内容は以下の通りです
・主人一家の身の回りの世話
・来客の案内・対応
・書簡や小包の配達(使い走り)
・主人の外出に同行しての先遣任務(走り召使い)

彼らは通常、主人家の紋章入りの制服(リヴァリー)を着用しており、外向きの存在としての役割が強調された存在でした。裏方に徹するホールボーイとは異なり、ある程度の礼儀作法や機転も要求されました。
ただし、「フットボーイ」という語は19世紀後半になるとやや古風とされ、次第に「ページボーイ」あるいは単に「ボーイ」という呼び方に置き換えられていきます。


ボーイはどのように出世したのか?

ボーイ(少年使用人)からキャリアを始めた者にも、能力と勤勉さ次第では昇進の道が開かれていました。実際、『ダウントン・アビー』などに技術指導を行った元執事のアーサー・インチ氏は、自身が15歳で大邸宅のホールボーイとして奉公に入り、その後勤めを重ねて執事にまで昇進したと証言しています。

一般にホールボーイは、成長して体格が整うと、まず下級フットマン(従者)に昇格し、その後は勤続年数や主人からの信頼に応じて、ファースト・フットマン(筆頭従者)や下級執事(アンダー・バトラー)へと序列を上げていきました。最終的に執事(バトラー)職に就任することが、男性使用人にとって最高の栄誉とされており、実際にそこまで昇りつめた人も少数ながら存在していました。
中には、主人付きの従僕(ヴァレット)に転じ、主人個人に仕える道を選ぶ場合もありました。

このような昇進を果たすためには、几帳面さや忠誠心はもちろんのこと、周囲からの信頼と高い評価を得ることが不可欠でした。特にヴィクトリア朝の後期には、背の高い美男子の従者が好まれる風潮があり、容姿や物腰の良さも、上級職への抜擢を左右する要素となっていました。

昇進の機会は、必ずしも現在仕えている主人の屋敷内に限られていたわけではありません。当時の使用人社会では、主家を替えて転職することも珍しくなく、ある屋敷のホールボーイが、他家の従者募集に応じて、より高い地位で雇われ直す例もありました。使用人たちは互いに給与や待遇について噂し合い、より良い条件の職を求めて移籍することもよくあったようです。
このように、少年使用人にとって希望の持てるキャリアパスは存在していましたが、現実には、多くの者が長年奉公しても従者どまり、あるいは年老いた主人の身の回り係(従僕)になる程度で終わることがほとんどでした。
執事などの幹部職にまで昇りつめることができたのは、ごく一握りの有能な者たちだけだったと考えられます。


ヴィクトリア朝の奉公人たちの引退後と消えゆく職業の実態

少年使用人として働き始めた者のその後の人生行路は、さまざまでした。何十年も奉公を続けて一家に尽くし、厚い信頼を得たことで執事や家令などの要職に就いた者の中には、主人から年金代わりの恩給や功労金を与えられて引退するという、恵まれた例もありました。

しかしながら、多くの場合、使用人は加齢とともに勤め先を去らなければならず、退職後の生活は決して保障されていませんでした。特に男性使用人の場合、年を取って働けなくなると行き場を失うことが多く、親類に引き取られるか、蓄えがなければ救貧院に入るほかありませんでした。

一方、19世紀末になると産業の発展に伴い、都市部では店員や工場労働者といった新たな雇用機会が増えていきました。そうした職業では、一定の労働時間や週末の休暇が保障される例も見られるようになりました。それに比べて、依然として長時間労働と奉仕精神を求められる奉公の世界は、次第に若者からの関心を失っていきました。
実際に、1891年には約138万人いたイギリスのフルタイム住み込み使用人は、1911年には約127万人へと減少しています。とりわけ少年使用人という階層に限れば、その数と需要は20世紀の初頭から著しく低下しました。劣悪な勤務条件に見切りをつけて他産業へと転職する者が増えたことや、第一次世界大戦にかけて多くの若い男性使用人が出征し、戦死したことなどもその一因です。
このようにして、大邸宅におけるホールボーイやブートボーイといった職種は、次第に姿を消していきました。

1920年代には「奉公人不足(Servant Problem)」と呼ばれる人手不足の問題が深刻化し、主人側も労働力の確保を目的として待遇改善や労働時間の短縮に努めるようになりました。
それでも、より自由で実入りの良い職場を求める若者たちは、奉公という道から離れていきました。その結果、かつてヴィクトリア朝の大邸宅で一般的だった少年奉公人の姿は、時代の変化とともに急速に消えていったのです。

現代のボーイについて

現状について

現代のイギリスでは、ヴィクトリア朝時代のようなボーイ(少年奉公人)はほとんど存在していません。
20世紀後半に入ると、家電製品の普及や社会意識の変化によって、「お手伝いさん無しの家庭」が中流層にも定着し、かつてのように大勢の住み込み使用人を抱える家庭は稀になりました。
イギリスの労働法では、未成年者の長時間労働が厳しく制限されており、少年をメイドやボーイとして酷使するような雇用形態は、法的にも認められていません。今日においても、大富豪や貴族の中には執事や家政婦、子守り(ナニー)などの家事使用人を雇っている家庭もありますが、その人数はごくわずかであり、フットマンのような従者職は、儀礼的な場面を除いてほとんど見られなくなっています。

例えば、英国王室では伝統に則って今なお複数のフットマン(男性給仕)を抱えていますが、その職務は式典での儀仗や給仕など、限定的なものにとどまっています。
また、一般家庭においてかつてボーイが担っていたような雑多な家事労働は、現在では週数回の清掃員やベビーシッター、庭師といったパートタイムの家事代行サービスによって賄われています。裕福な家庭では、秘書役のパーソナルアシスタント(PA)を雇い、雑用やスケジュール管理を任せることもあり、このような職種が現代版の「身の回り係」としての役割を果たしていると言えるでしょう。


現代に残る“ボーイ”の名残

一方で、ホテル業界には往時のボーイに通じる役割が一部残されています。例えば、高級ホテルでは荷物運搬や靴磨き・雑用を担当する「ボーイ(ベルボーイ)」が配置されており、これは19世紀の宿屋で「ブーツ」と呼ばれていた若者の業務に近いものです。
ベルボーイは未成年ではなく職業人ではありますが、その業務内容は、主人に付き従った従者(フットボーイ)の系譜に連なるものと見ることができます。

また、イギリスのサッカークラブでは、ユース選手が年長のプロ選手のスパイクを手入れするという伝統があり、このような雑用係を俗に「ブートボーイ」と呼ぶことがあります。
しかしながら、家庭内奉公人としての少年「ボーイ」は、現代では完全に時代遅れの存在となっています。現在のイギリス社会で「使用人階級」に相当する職に就く人々の多くは、成人のプロの家政労働者であり、その雇用形態も正規の就労契約に基づいたものとなっています。
かつて大邸宅の厨房や玄関ホールで見られた幼い奉公人の姿は、もはや21世紀のイギリスにおいては、歴史資料の中にしか存在していないのです。


参考資料
BBC

記事執筆者・監修者

梶原 優太
(Kajiwara Yuta)

日本バトラー&コンシェルジュ株式会社
経営企画部兼バトラーサーヴィス部所属
社長補佐
役職:バトラー

実績
執事監修・演技指導
・ショートドラマ 「BUTLER」
小山慶一郎様と 宮舘涼太様に対し、執事所作指導を担当

・音楽劇『謎解きはディナーのあとで』
主演の上田竜也様、大澄賢也様に対し、執事所作指導を担当
演出執事監修

日本執事学校 IN VRChat講師
日本メイド学校 IN VRChat講師


一般社団法人 日本執事協会
特任研究員 

一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校
講師
主な授業内容(執事史、メイド史)

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