【現役執事が解説】
ヴィクトリア朝時代のメイドの制服について


制服誕生の背景(なりたち)

19世紀前半、ロンドンやマンチェスターなど都市部の中産階級が爆発的に増加し、屋内労働力としてのメイド需要が急伸しました。
雇用主は“屋敷の一体感と清潔”を可視化するために服装を標準化し、次の三段階で制服が定着します。
メイドの服の定義は屋敷によって違いがあり、大きい屋敷ほど細分化されメイド服も役割によって違いがありました。

年代時代別のポイント具体例
1830s黒ドレス+白エプロンを“礼装”と規定The Complete Servant 初版(1834)が黒×白を推奨
1850s家事衛生運動で白リネン推奨
漂白粉が安価に
Mrs Beeton『Household Management』(1861)
「白エプロン・キャップは午後の必需」
1870s仕立業の工業化で既製制服が量産。
二着制(午前プリント綿/午後黒サージ)が中流にも拡大
Victorian Servants and Their Uniforms(Footnotes from History)


ヴィクトリア朝メイドの制服基本構造

黒ウール or サージのベースドレス:汚れが目立ちにくく摩耗に強い。 
白リネンのエプロン・カフス・キャップ:清潔を象徴。漂白剤(塩素粉)の普及で真白がステータスに。 
コルセット&バッスル(1870年代以降):主人の最新流行を映すシルエットを強制し、家のモダンさを誇示。 


役職によってのメイド服の違い

ヴィクトリア朝時代、メイドの制服は単に機能性だけでなく、階級や職務の違いを視覚的に識別させるための“記号”として設計されていました。特に注目されるのが、ヘッドキャップやエプロン・カフスなどに施される“レース”の量と装飾性の差です。これは単なる装飾ではなく、役職による明確な身分表示の一部でした。

画像は、現存するパーラーメイドのキャップ
綺麗なデザインとレースの多さが特徴
役職キャップの装飾エプロン・袖のフリル/レース理由
レディースメイド2〜3段の広幅レース+ギャザー。高級レースブロデリーアングレーズ、カットワーク刺繍入り主人婦人の格式・美意識を体現する“動く鏡”
パーラーメイド1段の綿レース。幅は控えめ。
ピンタックと細レースで「控えめな華やかさ」
来客対応を担う「家の顔」としての印象管理
キッチンメイドレースなし。端処理のみ。粗リネン・レース皆無火や汚れを扱うため実用最優先。安全性を重視
スカラリーメイドキャップなし/バンダナのみ粗リネン・レース皆無最下層。見た目の演出は不要、裏方業務に徹する

なぜ違いが生まれたのか?

違いが出た理由は、その屋敷によって違いますが、主だった理由は下記のお通りです。

視覚的観点:服装で即座に執事やハウスキーパなどがわかるように
社会的観点:高位のメイドほど来客の目に留まることが多く外見美が求められた。
衛生的観点:不衛生で火を扱う厨房ではレースなどは発火リスクがあったためレースを付けなかった。
経費的観点:レース付きキャップなど高価で手間がかかる=支給対象限定。

午後と午前で
制服が異なった理由

ヴィクトリア朝時代のメイドは、午前と午後で異なる制服を着用することが基本的な慣習でした。これは単なるファッションの変化ではなく、当時の住まいの構造や労働観、衛生意識、そして社会的な見た目に関する考え方と深く関係しています。

午前=掃除や雑務の時間

午前中は、暖炉の灰出しやベッドのシーツ交換、床磨きなど、汚れやすく肉体的に厳しい家事が中心でした。このため、メイドは比較的安価な「モーニングドレス(morning dress)」を着用していました。

生地:プリント綿や再染のサージなど、汚れても惜しくない素材。
色味:グレーや淡茶色、柄入りが多く、埃や煤が目立ちにくい。
頭部:洗いやすいバンダナやキャップを簡素に巻いて髪をまとめる。


午後=来客応対と“家の顔”

午後になると、ティータイムの準備や来客応対、時には雇用主と一緒に外出するなど、“人目に触れる業務”が中心となります。ここでは「アフタヌーンドレス(afternoon dress)」という、より整った制服に着替えることが求められました。
生地:黒のウールやサージ素材。耐久性と美しさを兼ね備える。
白い付属品:漂白済みの白リネンのエプロン・カフス・キャップで、清潔感を演出。
印象効果:「この家は管理が行き届いている」と来客に感じさせることが重要でした。


なぜ服を2回も着替えるのか?

汚れ仕事と“おもてなし”を明確に分けるため:午前中のままでは、煤けた制服で来客を迎えることになってしまう。
服装で役割を切り替える:メイド本人が仕事のモードをリセットする意味合いも。
主人の名誉を守るため:「メイドの見た目は主人の見た目」—特に上流家庭ではそう考えられていました。
このように、制服の“着替え”には実用的な理由だけでなく、社会的・視覚的な意味合いが重ねられていたのです。


実際には二着制が守られないケースもありました。
最下位のスカラリーメイドや地方の小世帯では、午前服のまま客前に立つ例も確認できます
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