【現役執事が解説】
ヴィクトリア朝時代 家令について


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家令,ハウススチュワード

家令(ハウススチュワード)の始まり

中世時代の家令(House Steward)は、中世封建社会において荘園領主に代わって土地の管理・収支・人事を行う執務官として誕生しました。英語では「Steward」、もともと「Steward」という語は「house guardian(屋敷の守り人)」に由来し、領地管理や財政を担う執事的存在として重要な役割を果たしてきました。
フランス語では「Sénéchal(セネシャル)」や「Majordome(マジョルドム)」などと呼ばれ、家政と荘園経営を統括する領主の代行者という立場にありました。
特にイングランドの荘園制度(Manorial system)においては、House Steward は領主の居城(マナー・ハウス)と、その配下にある農地や小作人(villeins, serfs)まで含めた荘園全体の運営を取り仕切る責任者でした。
なお、ハウススチュワードと並行して「セニョリアル・ベイル(Bailiff/荘園代官)」という職も存在し、こちらはより現場寄りの土地監督や徴税、裁判の執行を担っていたため、スチュワード=本部長/ベイル=支店長のような構図とも言えます。


中世における家令の起源と役割

家令(House Steward)は、中世から近代にかけてのヨーロッパにおいて、貴族や領主の屋敷を統括する最高位の管理職的使用人として発展してきました。もともと「Steward」という語は「house guardian(屋敷の守り人)」に由来し、領地管理や財政を担う執事的存在として重要な役割を果たしてきました。とくに17世紀〜19世紀のイギリス貴族社会では、家令は屋敷運営全般を取り仕切る実務責任者として、当主の代理人のような地位を持っていました。

家令について解説

家令の仕事(近世〜近代)

時代が下るにつれて荘園制度が衰退し、封建的な領地経営から個別の「邸宅経営(household management)」へと変化していく中でも、家令の役割は継承されていきました。
17〜19世紀には、House Steward は主に貴族や大地主の屋敷・家政・財産・人員の統括者として、以下のような業務を行っていました:
財政管理:帳簿作成、予算調整、納税管理
人事管理:執事・家政婦・コックなど部門責任者の採用と監督
物資・契約管理:食品・燃料・家具などの発注と在庫管理
来客・行事対応:主人不在時の代理応対やレセプション統括
(地主の場合)荘園地の賃貸や修繕の指揮、契約更新手続き


家令と他の使用人との違い

執事(バトラー)やヴァレット(従者)と比べても、家令は階層的に最上位の役職とされていました。執事が主に屋敷内の接遇や給仕業務を担当し、ヴァレットが主人個人の身の回りを管理するのに対し、家令はそれら全体を管理する立場にあります。
特に大規模な貴族邸宅では、家令は「経営幹部」、執事は「中間管理職」、フットマンやメイドは「現場スタッフ」というような序列が成り立っていました。家令の指示は全使用人に影響を与えるものであり、実際には当主以外に逆らえる者はいないほどの権限を持っていたのです。

家令は存在する場合最上位の「上級使用人」でした。大邸宅では家令が男性使用人の頂点に立ち、次席が執事(バトラー)、その下に従僕(フットマン)たちが続きました。女性使用人側では家政婦長(ハウスキーパー)がトップでしたが、家令がいる家では家政婦長も家令の管理下に入りました。実例として、19世紀末のエジャートン卿の邸宅タットン・パークでは、家令が全使用人の雇用と帳簿管理を担当し、家政婦長は全女性使用人を監督、バトラーはワインセラー管理と給仕を統括していました。家令は制服を着ないとはいえ待遇は執事と同等かそれ以上で、当時の指南書でも「家令は一種の主席執事だが雑役から免除されている」と説明されています。ただしこのような家令付きの豪邸は限られており、20世紀に至ると多くの貴族家庭で家令職は姿を消していきました。


家令になるまでの道のり

令は他の使用人と異なり、貴族階級出身者や教育を受けた者が任命されることが多かった役職です。たとえば、大学で法律や会計を学んだ者、あるいは軍隊出身で規律に厳しい者などが信頼を得て家令に抜擢されるケースがありました。
また、有能な執事が長年の実績を積んだ後に「家令補佐」や「副家令」として起用され、やがて家令に昇進するという流れもありました。そのため、家令の地位は通常の使用人からの叩き上げではなく、人格・教養・経歴・家柄が求められる特別な職位とされていました。
一方の執事は、家柄よりも能力が重視されておりたたき上げでした。


家令の衰退

20世紀に入り、特に第一次世界大戦以降の社会変化により、大邸宅の維持そのものが困難になっていきました。徴兵による男性人手の不足、女性の社会進出、家政機器の普及、税制の変化などにより、かつて存在した「使用人20人以上の屋敷」は急減しました。
それにともない、使用人の階層構造も簡素化され、家令という専門職は多くの家庭で廃止されるようになりました。役割は執事や外部の会計士、管理会社に分散され、家令という存在は次第に姿を消していったのです。

封建制度の崩壊と荘園の国有化
16〜17世紀以降、国王権力の強化とともに、徴税や裁判の権限が荘園領主ではなく国家機関(王室や議会)に集中していきました。
荘園裁判所(manorial court)や十進収税権なども廃止され、荘園そのものの制度的意義がなくなっていきます。

産業革命以後の都市化・貨幣経済の浸透
地代・年貢収入よりも投資収益や資本運用が主流となり、家令による土地・人員の物理的な管理よりも、会計士・資産管理士(Estate Accountant / Asset Manager)の役割が重要になっていきました。

19世紀後半以降の社会的変化
屋敷の維持が困難になる中で、貴族階級は家令を雇い続ける経済的余裕を失い、代わりに執事や外部のエージェントに業務を分担させるケースが増えていきました。


現代の家令について

現代において「家令」という言葉は一般には使われなくなりましたが、同様の職務を担う人材は依然として存在しています。たとえば、現代の「エステート・マネージャー(Estate Manager)」や「チーフ・バトラー」がそれに近い存在です。これらの職は、富裕層の邸宅・別荘・資産運営などを総合的に管理する役割を担っており、現代版の家令といえるでしょう。
日本でも、富裕層向けの執事・コンシェルジュサービスの中に、家令的なマネジメント機能を担うサービスが含まれている場合があります。たとえば、使用人や外注業者の手配・家財管理・ゲスト対応・資産保守といった多岐にわたる業務を一手に引き受ける「管理執事」は、まさに家令の現代的な継承者といえます。

参考資料

一般社団法人 日本執事協会「家令について

記事執筆者・監修者

梶原 優太
(Kajiwara Yuta)

日本バトラー&コンシェルジュ株式会社
経営企画部兼バトラーサーヴィス部所属
社長補佐
役職:バトラー

実績
執事監修・演技指導
・ショートドラマ 「BUTLER」
小山慶一郎様と 宮舘涼太様に対し、執事所作指導を担当

・音楽劇『謎解きはディナーのあとで』
主演の上田竜也様、大澄賢也様に対し、執事所作指導を担当
演出執事監修

日本執事学校 IN VRChat講師
日本メイド学校 IN VRChat講師


一般社団法人 日本執事協会
特任研究員 

一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校
講師
主な授業内容(執事史、メイド史)

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