「淑女の溜息」を聞いたことがありますか?
富裕層の祝祭を彩る、執事流・シャンパーニュの
「静寂な」扱い方

「ポンッ!」と威勢の良い音を立てて栓を抜く。
映画やF1の表彰台で見かける光景ですが、もしこれを格式ある晩餐会で行えば、その瞬間、空間の品格は崩れ去ります。

シャンパーニュは、単なる発泡性のワインではありません。
それは、フランスの歴史、土壌、そして数世紀にわたる職人の技術が凝縮された「液体の宝石」です。
それを扱う執事には、宝石商のような繊細さと、外科医のような正確さが求められます。

本記事では、日本バトラー&コンシェルジュが実践している、シャンパーニュの最もエレガントな抜栓方法と、富裕層のお客様を満足させるための知識について解説します。

なぜ「シャンパン」と呼んではいけないのか
言葉の重みと信頼

まず、言葉の定義から始めましょう。
私たち執事は、決してお客様の前で「シャンパン」という略称を使いません。
必ず「シャンパーニュ」とお呼びします。

これは単なる気取りではありません。
フランスのシャンパーニュ地方で、厳格な法律(AOC)に基づいて造られたものだけが「シャンパーニュ」を名乗れます。
それ以外は、どんなに美味しくても「スパークリングワイン」です。
この区別を曖昧にすることは、作り手への敬意を欠くだけでなく、お客様に対して「私は本物を理解していない人間です」と自己紹介しているようなものです。
言葉一つに宿る教養。富裕層のお客様は、そこを鋭く見ていらっしゃいます。

開栓の美学:
音を立てない「淑女の溜息」

シャンパーニュのボトルの中には、約5〜6気圧という、大型トラックのタイヤ並みのガス圧が封じ込められています。
これを制御せず、勢いよく開けることは「ガスの無駄遣い」であり、泡の持ちを悪くする原因となります。
何より、静寂な空間に破裂音を響かせるのは、マナー違反です。

執事が目指すのは、「スーッ」という微かなガスが抜ける音だけを立てる開栓です。
これをフランス語で**「Soupir de la dame(淑女の溜息)」**と呼びます。
まるで、貴婦人が満足げに溜息をつくような、優雅で静かな音。
この音を奏でることこそが、プロフェッショナルの証明なのです。

執事流・抜栓の4ステップ
「コルク」ではなく「ボトル」を回す

では、どうすれば音を立てずに開けられるのか。
最大のコツは、「コルクを回すのではなく、ボトルの方を回す」ことです。

  • 01
    温度管理と準備:
    ボトルを6〜8℃にしっかり冷やします。温度が高いとガスが膨張し、噴き出しやすくなります。布(トーション)を用意し、水滴を拭き取ります。
  • 02
    ミュズレ(留め金)を緩める:
    針金を緩めますが、この時点から親指でコルクを常に押さえ続けます。針金を外した瞬間にコルクが飛び出す事故を防ぐためです。
  • 03
    ボトルを回す:
    利き手でボトルの底を持ち、反対の手でコルクをしっかり握ります。コルクは固定したまま、ボトルの底の方をゆっくりと回転させます。
  • 04
    ガスの制御:
    コルクが浮き上がってきたら、力で抑え込みながら、隙間から「スーッ」とガスを逃がします。コルクを抜き取るのではなく、ガス圧で押し上げられるのを制御する感覚です。

シャンパーニュは「開ける」のではない。
解き放つのだ。
ただし、品格という手綱を握りながら。

Philosophy of Service

グラス選びが空間を左右する
フルートか、それとも?

かつては、細長い「フルートグラス」が主流でした。
泡が立ち上る様子が美しく、炭酸が抜けにくいからです。
しかし近年、高級レストランや愛好家の間ではトレンドが変化しています。

状況に応じたグラスの使い分け
■ フルート型(伝統的) 乾杯のシーン、立食パーティー、見た目の美しさを重視する場合に最適。泡の持続性が高い。
■ チューリップ型・白ワイングラス(近年の主流) プレステージ・シャンパーニュ(高級品)の芳醇な香りを楽しむ場合に最適。ボウル部分が膨らんでいるため、香りが開きやすい。
■ クープ型(映画『華麗なるギャツビー』風) 飲み口が広く浅い型。タワーを作る時や、クラシックな演出をしたい時に使うが、炭酸と香りが抜けやすいため実飲には不向き。

まとめ:
シャンパーニュは「ホスピタリティ」そのもの

冷却、開栓、グラス選び、そして注ぐ所作。
この一連の流れは、単なる作業ではありません。
お客様の「特別な時間」を演出し、空間の質を高めるためのパフォーマンスです。

音もなく抜栓し、美しいグラスに黄金色の液体が満たされる。
その一瞬の静寂と高揚感を提供すること。
それこそが、シャンパーニュという飲み物が持つ真の価値であり、私たち執事の腕の見せ所なのです。

記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

本物執事の新井直之
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