執事が見たインバウンドと言う名の文化摩擦
なぜ私たちは、お客様を「選ぶ」のか。

「最近、あのホテルに行かなくなったよ」
「あそこのレストラン、味が落ちたわけではないけれど、雰囲気がね……」

ここ数年、古くからの富裕層のお客様から、このような嘆きを耳にする機会が激増しました。
かつて「聖域」と呼ばれた高級ホテルや名門レストランが、騒々しく、落ち着かない場所に変わってしまったというのです。

なぜ、高級空間は崩壊しつつあるのか。
本記事では、執事の現場視点から、ホスピタリティが成立するための「隠された条件」と、真の高級空間を守るために必要な「線引き」について解説します。

高級空間は
「お金」では守れない

多くの人が誤解しています。
「高い料金を払えば、最高のサービスが受けられる」と。
しかし、ホスピタリティの本質は売買契約ではありません。
それは、提供者(スタッフ)と受け手(顧客)の間で交わされる、高度なコミュニケーションであり、共同作業(Co-creation)です。

熟練のソムリエが、なぜ最高のワインを提案できるのか。
それは、お客様側にその価値を理解し、敬意を持って味わう「感受性」があるからです。
執事が、なぜ痒い所に手が届くサービスを提供できるのか。
それは、お客様との間に「阿吽の呼吸」が成立するだけの信頼関係があるからです。

つまり、高級空間の質を決定づけているのは、スタッフのスキルだけではありません。
そこに集う「顧客の質」こそが、空間の格(グレード)を維持する防波堤だったのです。
しかし今、その防波堤が決壊しつつあります。

「インバウンド」という名の
文化摩擦

円安とインバウンド需要の爆発的増加により、日本の高級施設はかつてない活況を呈しています。
しかし、そこで起きているのは「文化の衝突」です。
誤解を恐れずに言えば、問題は国籍ではありません。「空間文化への理解度」の欠如です。

・静寂なラウンジでの、大声でのビデオ通話
・スタッフに対する、召使いのような横柄な態度
・ドレスコードを無視した、リゾート気分の装い
・無許可での、他のお客様が映り込む写真撮影

これらは、単なるマナー違反ではありません。
その空間が長い時間をかけて積み上げてきた「暗黙の了解」や「美学」を、土足で踏みにじる行為です。
「お金を払っているのだから何でもありだろう」という資本主義の論理が、文化的な空間を侵食しているのです。

価格は「入口」にすぎない。
文化を守るのは、
そこに集う人の「姿勢」である。

The Essence of Luxury

理解されないホスピタリティは
やがて死滅する

この状況が続くと、何が起きるでしょうか。
最初に傷つくのは、現場スタッフの「誇り」です。

彼らは、お客様のわずかな目の動きから要望を察し、音もなくサービスを提供することに命をかけています。
しかし、その繊細な配慮が「無視」され、あるいは「無礼」で返されたとき、彼らの心は折れます。
「どうせ気づかれないなら、そこまでやる必要はない」
「傷つきたくないから、マニュアル通りの対応で済ませよう」

こうして、サービスは「作業」へと劣化し、心あるスタッフは現場を去ります。
残るのは、形だけの高級ホテルと、高額な請求書だけ。
これが、いま日本中で起きている「ホスピタリティ崩壊」の正体です。

経営者に求められる
「選ぶ覚悟」

では、どうすればこの崩壊を止められるのでしょうか。
答えは一つ。「選ぶこと」です。
「お客様は神様」という古いドグマを捨て、空間の質を守るために、顧客を選別する覚悟が必要です。

守れない施設の思考
  • 来る者拒まず(売上至上主義)
  • 注意することを恐れる
  • スタッフに我慢を強いる
  • 結果:良質な顧客が離れる
一流を守る施設の思考
  • ドレスコードとマナーの徹底
  • 不適切な客には退場を促す
  • スタッフの尊厳を守る
  • 結果:本物の富裕層が戻ってくる

会員制クラブや、紹介制のレストランが価値を持つのも、まさにこの「スクリーニング機能」があるからです。
「誰でも歓迎する」ことと「最高のおもてなしをする」ことは、もはや両立しない時代なのです。

執事・富裕層ビジネスへの示唆
成熟した関係性だけが残る

この問題は、ホテルやレストランに限りません。
私たち日本バトラー&コンシェルジュが提供する執事サービスにおいても同様です。

私たちは、ご契約の前に必ずお客様と面談を行い、こちらの価値観やサービス方針をご理解いただけるかどうかを確認させていただきます。
それは、高慢だからではありません。
相互の理解と敬意がなければ、私たちの提供する「究極のパーソナルサービス」は機能しないからです。

■ 執事の視点:共犯関係としてのサービス

最高のサービスとは、執事と主人が二人三脚で作り上げる芸術作品のようなものです。
主人が執事を信じ、執事が主人を敬う。
この循環の中で初めて、マニュアルを超えた奇跡のような瞬間が生まれます。
私たちは、そのような成熟した関係性を築けるお客様のために、全力を尽くしたいと考えています。

まとめ:
高級とは「価格」ではなく「民度」である

高級空間を守れるのは、お金ではありません。
そこにいる人々の「民度」と「理解」です。
もしあなたが、心からくつろげる場所を求めているのなら、その空間のルールを愛し、スタッフに敬意を払い、空間の一部として美しく振る舞ってください。

「一流は一流を呼ぶ」。
この言葉は、単なる精神論ではなく、ホスピタリティが成立するための構造的真理なのです。

記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

本物執事の新井直之
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