お客様への敬意は
「細やかさ」で決まる

― 富裕層・VIPが“所作”から信頼を判断する理由と、執事の実務 ―

富裕層・VIPのお客様は、接遇者の「敬意」を非常に敏感に見抜きます。
ここでいう敬意とは、単に丁寧語を使う、深くお辞儀をする、といった形式だけではありません。
仕事の内容、会話の設計、メールの書き方、動作の質、沈黙の扱い方――そうしたあらゆる言動と所作の総合点として「この人は敬意を持っているか」「信頼できるか」を判断されています。

本記事では、執事の朝礼ライブの内容および資料をもとに、「お客様への敬意は細やかさで決まる」という考え方を整理し、富裕層・VIP対応における実務のポイントを体系的に解説します。

なぜ富裕層・VIPほど
「細部」を見るのか

富裕層のお客様は、人生の中で数多くのサービスを受けてこられています。ホテル、レストラン、医療、教育、資産管理、旅行――いずれも高水準の体験が標準化されているため、基本的なサービスレベルで感動されることは稀です。
差が出るのは、徹底的に磨き上げられた「細部」のみになります。

つまり富裕層にとっては、大きなこと(豪華なシャンデリアや高価な食材)よりも、小さな差(配慮・タイミング・言葉選び・沈黙の質)が、サービスの価値を決定づけるのです。
そしてこの「小さな差」を最もよく表すのが、敬意の有無です。敬意は言葉で「大切に思っています」と宣言するものではなく、細やかさの積み重ねとして、言葉以上に雄弁に伝わります。

■ 執事の視点 なぜ「違和感」が許されないのか

富裕層のお客様は、常に重要な決断を迫られています。脳のリソース(認知資源)を決断に使いたいため、日常のノイズを極端に嫌います。
「グラスが汚れている」「説明が回りくどい」「歩く音がうるさい」。これらは全てノイズです。
細部が整っていないということは、お客様の脳に不要な負担をかけているということ。つまり、細部への配慮とは「お客様の思考を守る」という最大の敬意なのです。

敬意とは何か
お辞儀ではなく“設計”である

朝礼ライブでは冒頭、敬意はお辞儀だけではなく、仕事の内容・会話・メールなど、あらゆる言動と動作に表れると語られています。
この整理は非常に重要です。敬意を「気持ち」や「人格」といった精神論だけで語ってしまうと、再現性がありません。
一方、敬意を「設計(デザイン)」と捉えると、プロフェッショナルとして実務に落とし込むことができます。

敬意とは、
相手の立場・時間・感情・空間を尊重し、
負担を増やさずに目的を達成するための
「配慮設計」である。

Definition of Respect

敬意が生まれる第一領域
「言葉の設計」

資料では「敬意は言葉の設計に現れる」と明確に示されています。
ここで重要なのは、教科書通りの丁寧語を使うかどうかではなく、相手の状況に寄り添った言葉を選べているかです。

1)挨拶は“状況に合わせる”

「おはようございます」の一言にも、無数のバリエーションがあります。
初対面なのか、何度目なのか。朝なのか夜なのか。相手が緊張しているのか、疲れているのか。
その状況に応じて、挨拶の温度感(フォーマル/フレンドリー)や声のトーンを調整することが敬意になります。
形式的な挨拶は、富裕層には「マニュアル通りの対応」として見抜かれます。逆に、状況に合わせた挨拶は「自分のために設計された言葉」として届き、信頼の第一歩となります。

2)説明は「結論から簡潔に」

朝礼ライブでも強調されている通り、説明は結論から簡潔に伝えることが重要です。
これは単なる話し方の技術(ロジカルシンキング)ではなく、お客様の時間を尊重するという敬意です。
富裕層のお客様は、時間の価値を強く意識されています。前置きの長い説明は、たとえ言葉遣いが丁寧でも「私の時間を奪っている」と感じさせてしまうリスクがあります。

3)メールは“読み手視点”で再設計する

資料には「メールは読み手を考えて」「伝えたかではなく、伝わったかが重要」とあります。
発信者中心ではなく、受信者中心で設計する――これが敬意の可視化です。

× 残念なメール ○ 敬意あるメール
・件名が曖昧(「ご相談」など)
・時候の挨拶が長すぎる
・何を返信すればいいか不明
・スクロールしないと結論が見えない
・件名で要件がわかる
・ファーストビューで結論・期限がある
・「Yes/No」で返信できるよう設計
・相手のデバイス(スマホ等)を考慮

敬意が生まれる第二領域
「動作の質」

朝礼ライブでは「上質なサービスを分けるのは動作の質」と明言されています。
言葉は飾れても、ふとした瞬間の動作には本性が現れます。この部分は、執事業務の核心です。

1)飲み物・料理・物を出すタイミング

飲み物を出すタイミングひとつで、敬意は変わります。
会話が盛り上がっている時に「失礼します、コーヒーでございます」と差し込めば、それは会話の腰を折る邪魔者になります。
逆に、話が切れた瞬間や、お客様が喉の渇きを感じた瞬間を見極めてサッと差し出せば、「理解されている」と感じていただけます。
富裕層対応では、「提供すること」よりも「邪魔をしないこと(黒子に徹すること)」の方が、遥かに高度な技術を要します。

2)器の向き・置く位置・音への配慮

資料にある通り、器の向きや置く位置、音への配慮は顧客ストレスを減らします。
例えば、置いた瞬間に“カチャ”と食器同士がぶつかる音が鳴る。グラスの中の水面が微妙に揺れる。ペンの置き方が雑で転がる。書類の角が揃っていない……。
こうした小さな違和感が積み重なると、空間の質(品格)が落ちます。
富裕層は「説明できない違和感」を敏感に感じ取るため、ここでプロかアマチュアかの評価が分かれます。

敬意が生まれる第三領域
「声をかけるか/見守るか」

朝礼ライブ終盤の要点はここです。
富裕層対応において、積極的に声をかけることは必ずしも正解ではありません。
むしろ、「声をかけないこと(沈黙)」が最大の敬意になる場面があります。

■ 執事の現場エピソード沈黙が信頼を生む瞬間

あるお客様宅でのことです。
会食前、執務机で資料に目を通しているお客様がいらっしゃいました。通常であれば「お飲み物をお持ちしましょうか」と声をかける場面です。
しかし、その時のお客様は目線が鋭く、思考が深い状態でした。「今、声をかければ思考が中断される」と判断しました。

そこで私は声をかけず、机の端に音を立てないようにグラスを置き、視界に入らない少し離れた場所で待機しました。
数分後、お客様が顔を上げたタイミングで、「お飲み物、こちらにご用意しております」と一言だけ添えました。

その後、お客様は「今の距離感がありがたい。私のリズムを分かってくれている」とおっしゃいました。
このとき、私は改めて理解しました。富裕層のお客様が求めているのは、過剰なアピールや気遣いではなく、“自分の状態を乱さない配慮”なのだと。

お客様が考え事をしている、表情が硬い、目線が一点に固定されている、会話を求めていない空気がある……。
このとき、こちらの都合(サービスしましたというアピール)で声をかけると、「配慮のない人」として記憶されます。
反対に、区切りの良い瞬間を待ち、最小限の言葉で要点だけを伝えると、「見えている」「信頼できる」と感じていただけます。

まとめ
細やかさは、敬意であり信頼である

敬意は、気持ちではなく設計です。
そして、その設計は「細やかさ」として表れます。

  • ・状況に合わせた言葉の設計
  • ・ノイズを出さない動作の質
  • ・相手の状態を見極めた沈黙の判断

これらの積み重ねが、お客様の中に「安心感」を生み、その安心感がやがて長期的な「信頼関係」へと発展します。
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社は、こうした「目に見えない細部」にこそ神が宿ると信じ、日々お客様の快適な時間を設計し続けています。

▼ 本記事の基となった「執事の朝礼ライブ」

動画では、新井直之が実演を交えて解説しています。

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記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

本物執事の新井直之
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