「ありがとう」を待つのではなく、引き出す技術
「ありがとう」という言葉は、サービス提供者にとって何よりも大きな報酬であり、次の行動へのエネルギーになります。しかし、すべてのお客様がその言葉を自然に発してくださるわけではありません。おもてなしにどれだけ心を込めても、それに気づかれなければ、感謝の言葉は返ってこないのです。
私たち執事の世界でも、これは例外ではありません。大富豪のお客様の多くは、日々さまざまな場所で特別扱いを受けているため、普通の水準のおもてなしでは“感謝”を引き出すまでに至らないことがよくあります。そこで私たちは、「ありがとう」を自然に引き出す“仕掛け”を、日々の実践の中で創意工夫しながら取り入れてきました。
私たち執事の世界でも、これは例外ではありません。大富豪のお客様の多くは、日々さまざまな場所で特別扱いを受けているため、普通の水準のおもてなしでは“感謝”を引き出すまでに至らないことがよくあります。そこで私たちは、「ありがとう」を自然に引き出す“仕掛け”を、日々の実践の中で創意工夫しながら取り入れてきました。
「ありがとう」を誘発する心理メカニズムとは?
人が誰かに感謝の言葉をかけるとき、そこには必ず「相手の行動が自分のために特別に行われた」という認知があります。この心理の基盤は、社会心理学者アダム・グラントの「返報性の原理(Reciprocity)」にも通じます。これは、何か良いことをされたとき、人はお返しをしたくなるという人間の本能的な傾向です。
また、感謝の言葉を発した本人にもポジティブな影響があることが研究からわかっています。心理学者ロバート・エモンズ博士は、「感謝の表現は、幸福感と人間関係の質を高め、うつやストレスを軽減する効果がある」と述べています(Emmons & McCullough, 2003)。
つまり、お客様に感謝の言葉を発していただくことは、お客様自身にとっても良い体験となり、私たちの提供するホスピタリティの価値をより深く実感していただくことにもつながるのです。
また、感謝の言葉を発した本人にもポジティブな影響があることが研究からわかっています。心理学者ロバート・エモンズ博士は、「感謝の表現は、幸福感と人間関係の質を高め、うつやストレスを軽減する効果がある」と述べています(Emmons & McCullough, 2003)。
つまり、お客様に感謝の言葉を発していただくことは、お客様自身にとっても良い体験となり、私たちの提供するホスピタリティの価値をより深く実感していただくことにもつながるのです。
執事の現場から生まれた“感謝を引き出す仕掛け”
私たちが執事としてお使いしているお客様のご自宅では、おもてなしの演出の一環として「感謝の導線」を組み立てています。たとえば、お客様が応接室にお入りになる際、上着を脱いでご自分でハンガーに掛けてしまわないよう、洋服掛けをあえて別室に配置しています。お客様の入室と同時に私どもが「よろしければこちらでお預かりいたします」と声をかけ、丁寧にお預かりするのです。
また、お帰りの際には、「ただいま上着をお持ちいたします」とお伝えし、コートをそっと肩に掛ける。その一連の流れの中で、多くのお客様が自然と「ありがとう」とおっしゃってくださいます。これは決して強要することではなく、「感謝のタイミング」を意図して設計する仕掛けなのです。
また、お帰りの際には、「ただいま上着をお持ちいたします」とお伝えし、コートをそっと肩に掛ける。その一連の流れの中で、多くのお客様が自然と「ありがとう」とおっしゃってくださいます。これは決して強要することではなく、「感謝のタイミング」を意図して設計する仕掛けなのです。
仕掛けづくりは日常のあらゆる場面で応用可能
このような仕掛けは、何も執事の仕事に限らず、どの業種にも応用可能です。たとえば飲食店やアパレルショップでも、メニューにあえて詳しい説明を書かず、スタッフが丁寧に解説するように設計することで、お客様との対話が生まれ、そこに「ありがとう」が生まれます。
また、私たちが実際に視察した高級リゾートホテルの中には、客室に置いてある館内マップにトイレの位置をあえて曖昧に示しているところもありました。理由を尋ねると、「お客様に声をかけていただき、私たちが直接ご案内することで対話が生まれ、気配りや親切心が伝わるからです」とのことでした。これも立派な“感謝を引き出す仕掛け”と言えるでしょう。
また、私たちが実際に視察した高級リゾートホテルの中には、客室に置いてある館内マップにトイレの位置をあえて曖昧に示しているところもありました。理由を尋ねると、「お客様に声をかけていただき、私たちが直接ご案内することで対話が生まれ、気配りや親切心が伝わるからです」とのことでした。これも立派な“感謝を引き出す仕掛け”と言えるでしょう。
小さな工夫が「印象の蓄積」になる
私たち執事は、お茶や飲み物をお出しするときも、単に提供するのではなく、わずかな“余白”を設けることがあります。たとえば、「温かい緑茶と冷たいジャスミンティーをご用意しております。ご希望があればハーブティーなどもございますが、いかがなさいますか?」と選択肢を提示することで、そこに会話が生まれ、感謝の表現も生まれやすくなります。
こうした余白は、単なる“選ばせ”ではありません。「自分のために選択肢が用意されていた」という特別感を伝えることで、お客様の感情に訴えかけ、好意や感謝を引き出しやすくするのです。
こうした余白は、単なる“選ばせ”ではありません。「自分のために選択肢が用意されていた」という特別感を伝えることで、お客様の感情に訴えかけ、好意や感謝を引き出しやすくするのです。
“無言の気配り”では伝わらない
これは執事として数多くの現場を経験するなかで、私が何度も痛感したことです。確かに、目立たぬよう気を配ることが執事の美徳であり、それ自体が評価される場面もあります。しかし、相手が気づいてくださらなければ、残念ながらその行為は“無かったこと”と同じになってしまうのです。
だからこそ、相手が気づきやすいような仕掛けをさりげなく施すことが、結果として「気が利いている」「丁寧だった」と感謝につながるのです。これは決して押し付けではありません。あくまでも“感謝していただくための工夫”であり、“おもてなしを届けるための演出”です。
だからこそ、相手が気づきやすいような仕掛けをさりげなく施すことが、結果として「気が利いている」「丁寧だった」と感謝につながるのです。これは決して押し付けではありません。あくまでも“感謝していただくための工夫”であり、“おもてなしを届けるための演出”です。
感謝はモチベーションを生む
感謝の言葉をいただくことは、サービスを提供する側のモチベーションにもなります。たとえそれが小さな一言であっても、「あなたの行動が相手の心に届いた」という事実が、明日へのエネルギーになります。
そして何より、相手から感謝されることによって、自分の仕事に対する「誇り」が生まれます。執事の世界では、それがサービスの品格を支えるもっとも大切な要素のひとつなのです。
そして何より、相手から感謝されることによって、自分の仕事に対する「誇り」が生まれます。執事の世界では、それがサービスの品格を支えるもっとも大切な要素のひとつなのです。
感謝を引き出すことも、おもてなしの一環
「おもてなし」とは、相手が何かをしてくれるのをじっと待つ姿勢ではなく、相手が自然と感謝したくなるような“仕掛け”を計画的に組み立てることでもあります。
それはたとえば、
• すぐに「ありがとう」と言いたくなるようなタイミングでの声かけ
• 適度な“余白”を持たせた選択肢の提示
• わざと少しだけ足りない説明にしておくことでの、会話の糸口づくり
こういった工夫が、相手の心を動かし、「この人には感謝したい」と思っていただける関係を築くのです。
ホスピタリティとは、言葉のやりとりだけではなく、関係性の積み重ねそのものです。だからこそ、目に見えない“仕掛け”が、ときに何よりも大きな力を持つのです。
それはたとえば、
• すぐに「ありがとう」と言いたくなるようなタイミングでの声かけ
• 適度な“余白”を持たせた選択肢の提示
• わざと少しだけ足りない説明にしておくことでの、会話の糸口づくり
こういった工夫が、相手の心を動かし、「この人には感謝したい」と思っていただける関係を築くのです。
ホスピタリティとは、言葉のやりとりだけではなく、関係性の積み重ねそのものです。だからこそ、目に見えない“仕掛け”が、ときに何よりも大きな力を持つのです。
参考文献
• Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). “Counting Blessings Versus Burdens: An Experimental Investigation of Gratitude and Subjective Well-being in Daily Life.” Journal of Personality and Social Psychology, 84(2), 377–389. https://doi.org/10.1037/0022-3514.84.2.377
• Grant, A. M., & Gino, F. (2010). “A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior.” Journal of Personality and Social Psychology, 98(6), 946–955. https://doi.org/10.1037/a0017935
• 新井直之(2016)『執事が教える 至高のおもてなし』きずな出版
• Grant, A. M., & Gino, F. (2010). “A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior.” Journal of Personality and Social Psychology, 98(6), 946–955. https://doi.org/10.1037/a0017935
• 新井直之(2016)『執事が教える 至高のおもてなし』きずな出版
