所有から運用へ「持つ」ことのリスクと管理の哲学 「金融資産10億円以上の富裕層のための教科書」新井直之著 第1章 富裕層の「次の段階」へ より

第1章 富裕層の「次の段階」へ:人生の再定義

2. 所有から運用へ:「持つ」ことのリスクと管理の哲学

所有とは、人生の到達点ではなく、試練の始まりです。資産が10億円を超えた瞬間、お金は「守る対象」であると同時に「統治すべき存在」へと姿を変えます。私は執事として、多くの富裕層にお仕えしてまいりましたが、資産形成の成功とともに共通して訪れる悩みがあります。それは「所有の不安」と「責任の重さ」です。

経済的成功を収めた直後の富裕層の多くは、所有こそが自由を手に入れる手段だと信じておられます。しかし、一定の領域を超えた富は、自由の象徴であると同時に、不安の温床にもなります。金融資産、事業、土地、建物、美術品、あるいは人材であっても、「持つ」ことは必ず新たなリスクを生み出します。

所有によって心が豊かになるのは、資産額が上昇し続けている時期だけです。ある一定額を超えると、所有の喜びは逓減し、心理学でいう「快楽順応(hedonic adaptation)」が起こります。幸福感は長続きせず、資産の管理負担だけが増していくのです。

本項では、所有から運用へと視点を変えることで、富を「負担」から「思想」へ、「リスク」から「秩序」へと昇華させる方法を解説してまいります。これは金融の話であると同時に、美学の話であり、人生哲学の話でもあります。

「持つこと」が生み出す3つのリスク

所有は3つのリスクを生み出します。私は執事として、それを次のように定義しています。

1. 経済的リスク
資産には「毀損・劣化・流出」の可能性が常につきまといます。金融資産の下落、不動産の価値変動、維持管理コスト、相続税、訴訟リスクなど、所有量が増えるほど複雑化し、管理不全は致命傷になり得ます。

2. 心理的リスク
行動経済学者ダニエル・カーネマンは、人間が「損失回避バイアス」を持つことを証明しました。資産が増えれば増えるほど、人は失うことを極端に恐れます。つまり資産は幸福をもたらす一方で、心に恐怖の影も落とすのです。

3. 人間関係リスク
所有は人を惹きつけますが、同時に依存や利害を引き寄せます。富裕層の孤独が深くなる理由の一つは、関係性の純度が下がるためです。所有には常に「見えない人間関係コスト」が発生します。

この3つのリスクは、資産の規模が小さいうちは顕在化しません。しかし資産が10億円を超えた瞬間、富は「持つ喜び」から「管理の責務」へと意味を変えます。ここで視点を切り替えなければ、富は人生の重荷となり、自由を奪う存在に変わります。

次の章では、所有の時代を終え、運用の哲学へと進まれた富裕層がどのように人生の質を取り戻しておられるのか、執事の現場で見てきた実例を交えながら解説してまいります。

所有者から「統治者」への意識転換

資産が10億円を超えた方に必要なのは、所有者としての意識ではなく、「統治者(Governor)」としての姿勢です。所有は点の概念ですが、統治は線と面の概念です。所有は「持つ」という行為であり、統治は「流れを制御し、循環を設計する行為」です。この視座の違いが、富を長期的に維持できる方と失う方を明確に分けます。

統治を理解する富裕層は、資産を「静的」ではなく「動的」に捉えています。資産を抱えるのではなく、資産に役割を与え、価値の流れの中に置くのです。つまり運用とは、お金を増やす手段ではなく、「富の存在意義を問う行為」なのです。

執事の視点で申し上げるなら、統治に必要なのは3つの管理です。

1. 資産管理(Asset Management)
数字を管理する力。金融、不動産、アートなどの価値を維持し、最適化する能力。

2. 関係管理(Relation Management)
富に関わるすべての人の役割と力を調整し、信頼の秩序を維持する能力。

3. 意味管理(Meaning Management)
富に哲学と方向性を与え、「何のために守り、何のために残すのか」を明確にする能力。

この3つの管理を伴う運用を私は「統治型運用」と呼んでいます。統治とは、富を「目的のある流れ」に変えることです。だからこそ、統治の核には常に「理念」や「美学」が必要になります。

執事が見てきた成功例と失敗例

私は執事として、多くの富裕層の運用の現場に立ち会ってまいりました。その中で強く感じるのは、「運用は知識の問題ではなく、世界観の問題である」ということです。

あるお客様は、金融資産・別荘・高級車・別邸・アートなど、あらゆる“資産”を保有されていました。しかし、そこに一貫した方針がなかったため、それらは次第に「目的のない所有物」となり、お客様自身の感情を消耗させていきました。口癖は「守るものが多すぎる」でした。

一方、別のお客様はほぼ同規模の資産を持ちながら、明確な統治思想をお持ちでした。金融は長期保全型。不動産は文化・教育のある土地にのみ投資。アートは後世の寄贈を前提に購入。そしてそれらを管理する執事、税理士、弁護士といったプロフェッショナルを「チーム」として統率されていました。

このお客様が仰った言葉は、私の人生観すら変えました。

「私は資産を持っているのではない。富に託された役目を果たしているのだ」

運用とは、お金を増やすことや節税の技術ではありません。それは「富を正しい場所に流すための意思決定」であり、「人生を哲学で統治する行為」なのです。

運用対象ごとに異なる“哲学”を持つという発想

金融資産、不動産、アート、人材──これらはすべて同じルールで扱うべきではありません。資産とは性質が異なり、「運用哲学」が異なります。私は執事として、資産の種類を次のように定義して運用をご提案しています。

金融資産:時間価値を管理する資産(増やす・備えるための資産)
不動産:空間価値を管理する資産(守る・根を張るための資産)
アート:文化価値を管理する資産(継承と象徴のための資産)
人材:未来価値を管理する資産(永続性と繁栄のための資産)

これらをすべて同じ視点で所有すると、運用が破綻します。しかし、それぞれに異なる思想と目的を与えると、資産は調和し、相互に機能しはじめます。

所有が失敗し、運用が成功する理由はまさにここにあります。所有は「一色の価値観」で富を扱います。しかし運用は「多層の価値観」で富を扱います。だからこそ運用には知性と哲学が必要なのです。

欧米の超富裕層と日本の富裕層の違い

運用思想を語る際、欧米の富裕層と日本の富裕層には明確な違いがあります。執事として現場に身を置いた経験から申し上げますと、その差はテクニックや金融知識ではなく、「富をどの時間軸で捉えているか」という価値観の違いにあります。

欧米の富裕層は、富を「世代を超えて運ぶもの」と考えます。特にファミリーオフィス文化が根づくヨーロッパでは、運用は100年単位、300年単位で語られます。富の目的は「未来に文化と影響力を残すこと」であり、資産とは「一族の使命を果たすための手段」であると明確に位置付けられています。

一方、日本の富裕層の多くは、まだ富を“所有の延長線”で捉える傾向が強く、時間軸が短くなりがちです。これは日本の歴史的背景、税制度、文化的控えめさが影響しているとも言えます。しかし、その結果、「守ることに追われ、運用という思想に昇華できない」という状態に陥ります。

ここに、日本の運用思想の課題があります。

欧米の視点:「富は社会と未来に還元されるべき共有資産」
日本の視点:「富は個人(家)に属する私的資産」

どちらが良い悪いではありません。しかし、資産10億円を超えた方が次のステージへ進むためには、「富を未来に流す視点」を必ず持つ必要があります。所有の哲学に留まると時間が止まり、運用の哲学に立つと富は流れ始めます。流れこそが富を腐らせない唯一の手段です。

運用とは「守り」ではなく「継承」の技法である

私が執事として最も強く感じているのは、運用とは単なる金融行為でも節税行為でもなく、「継承の技法」であるということです。継承とは、資産を渡すことではなく、「思想を次世代に宿すこと」です。

資産を継承しただけでは、一代で失われることが少なくありません。しかし、思想を継承した資産は強く、しなやかで、長命です。ヨーロッパの貴族文化が今も残っているのは、資産ではなく美学が継承されたからです。日本においても本来は、家元制度や老舗文化として存在していた価値観です。

継承なき所有は、「重荷」です。
継承を伴う運用は、「誇り」です。

富の世界では、この違いが人生の質を決定づけます。

結論:所有から運用へ、そして「意味」のある富へ

所有は自由の入り口ですが、運用は人生の完成へと向かう道です。所有には限界があります。時間的限界、心理的限界、そして人生の有限性という絶対的な限界です。しかし運用には未来があります。関係を育て、文化を残し、美意識を継承し、富を「物質」から「物語」へと昇華する力があります。

私は執事として、多くの富裕層の背中を間近で見てまいりましたが、真に幸福であられた方には共通点がありました。それはこうした方々が、「富を流し、富を託し、富を意味づけようとしていた」ということです。

所有とは過去の証明です。
運用とは未来への責任です。
そして継承とは、人が生きた証そのものです。

資産10億円を超えた方が、さらに上質な人生を歩まれるためには、富を抱え込むのではなく、富を流し、統治し、次世代へ意味あるかたちで渡す視点が不可欠です。本章でお伝えしたかったのは、「所有の時代は終わり、運用の時代が始まる」という真理です。

次章では、この哲学をより実務へと落とし込み、具体的な管理体系やチーム統治の方法についてお伝えしてまいります。

FAQ:所有から運用への転換について

Q1. 所有から運用に視点を変えるべきタイミングは、いつでしょうか?
A. 金融資産が10億円を超えたあたりが明確な境目となります。この段階から資産の規模・利害関係者・管理範囲が急激に拡大し、所有中心の意思決定では破綻を招きます。資産の流れを設計する統治思想が必要になります。

Q2. 運用において最も避けるべき失敗は何ですか?
A. 資産ごとの性質を無視し、「単一の思想」で扱うことです。不動産・金融・アート・人材などは役割が異なり、運用哲学も異なります。それらを混同すると、資産は機能不全に陥ります。

Q3. 家族を巻き込むべきでしょうか?
A. はい。特に次世代後継者には「情報」よりも「思想」を継承することが重要です。資産の存在理由、価値観、目的を共有しない限り、継承は成立しません。後継は手続きではなく教育です。

Q4. 欧米のような長期視点の運用は日本でも可能ですか?
A. 可能です。税や制度が異なるとしても、思想は移植できます。重要なのは法制度ではなく、美学・時間軸・使命感という「軸」を持つことです。運用とは文化の選択です。

Q5. 結局のところ、運用の本質とは何でしょうか?
A. 運用とは、富に役割を与え、未来へ流す行為です。「守る」だけでは富は腐敗します。「流す」ことで富は循環し、意味を持ち、継承されます。運用とは、美学と哲学を伴った意思決定の学問です。

参考文献

  • ダニエル・カーネマン(2013)『ファスト&スロー』ハヤカワ文庫
  • マズロー, A. H.(1971)『人間性の心理学』誠信書房
  • リチャード・セイラー(2016)『行動経済学の逆襲』早川書房
  • 新井直之(2017)『執事が教える至高のもてなし』きずな出版
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