感情を整える執事の3つの習慣

富裕層のおもてなしとホスピタリティを高める秘訣


執事という職業は、単なるサービス提供者ではなく、富裕層のお客様に対して心のこもったおもてなしをすることで、人生の一瞬一瞬を価値ある体験へと昇華させる存在です。そのために重要なのが「感情の整え方」です。人の感情は瞬間的に相手に伝播し、周囲の空気や印象、さらには信頼関係そのものを左右します。本稿では、執事が日々の業務において徹底している「感情を整える3つの習慣」について、心理学的な裏付けとともに深く掘り下げてご紹介します。

なぜ感情のコントロールが重要なのか?

「感情は伝染する」という言葉を残したアルベルト・シュバイツァーは、医師であり哲学者としても知られる人物です。この言葉はまさに現代心理学でも立証されています。心理学者ハワード・フリードマンとロナルド・リグリオの研究では、ある人の感情表現が他人の表情や行動にどれほど影響を与えるかが観察されています。感情は言葉を介さずとも視線、姿勢、声のトーンなどを通じて無意識のうちに伝わります。
特にホスピタリティ業界においては、従業員の感情状態がそのままサービスの品質や顧客満足度へと直結するため、プロフェッショナルであればあるほど、自己の感情をコントロールし、常にポジティブで安定した状態を維持することが求められます。執事はまさにその象徴ともいえる職業なのです。

感情を整える執事の3つの習慣

1. 姿勢を正す|感情と姿勢の心理的なリンク

姿勢と感情の関連性は科学的にも立証されています。心理学者エイミー・カディの「パワーポーズ理論」によれば、胸を張り背筋を伸ばす姿勢を2分間維持するだけで、ストレスホルモンのコルチゾールが減少し、支配ホルモンであるテストステロンが増加するとされています。この変化により、自己肯定感が高まり、心の余裕を持てるようになるのです。

日本バトラー&コンシェルジュでは、毎朝の朝礼時に全社員が自分の姿勢を確認し、鏡または画面越しに背筋を伸ばし、深い呼吸を3回行うルーティンを取り入れています。これは感情のリセットと心の調律に大きく寄与しており、一日の質を根本から変える基本動作として定着しています。姿勢を整えることで、自分自身を「整った状態」に導き、それが周囲にポジティブな影響を波及させているのです。

2. 「ありがとう」を口に出す|感謝がもたらす心理的効果

「ありがとう」という言葉は、単なる礼儀ではなく、心理的にも強力なポジティブトリガーです。ポジティブ心理学の第一人者マーティン・セリグマンは、感謝の言葉を日常的に用いることで、自己肯定感が増し、幸福度が顕著に上昇することを証明しています。また、この言葉は話し手だけでなく聞き手の脳にもポジティブな影響を与え、脳内にオキシトシン(信頼と愛着を深めるホルモン)を分泌させます。

当社では、すべてのコミュニケーションの締めくくりに「ありがとうございます」を使うよう徹底しています。日常の報告や連絡の最後に、あるいは何気ない会話の中に感謝を織り交ぜることによって、相互の信頼関係がより強固になります。またこの習慣は、社内外の空気を柔らかくし、執事自身の心をも穏やかに保つ鍵となっています。おもてなしの根幹には、相手の存在を認める「感謝の心」が不可欠なのです。

3. おもてなしのチャンスを想像する|ポジティブな予期の心理学

「おもてなし」とは、相手の期待を上回る“心の演出”ともいえる行為です。日本バトラー&コンシェルジュでは、毎朝の朝礼で社員一人ひとりが「本日、自分がどんなおもてなしを提供できるか」を発表する時間を設けています。これは形式的なものではなく、実際の案件やお客様を思い浮かべ、具体的なアクションに落とし込むことが求められています。

心理学ではこれを「予期的快感(anticipatory joy)」と呼び、目の前の出来事に先立ってポジティブな未来を思い描くことにより、脳が実際に幸福を感じ、意欲と集中力を高めることができます。この朝の“思考訓練”によって、執事は一日のスタートからポジティブな感情を持ち、相手の立場に立った行動を無意識レベルで実践できるようになります。

習慣化こそがプロフェッショナルの証

一度の実践だけでは真の成果は得られません。姿勢を整えること、感謝の言葉を発すること、おもてなしを想像すること—これらすべてを「毎日欠かさず繰り返す」ことが、執事という職業人の根幹です。習慣化された行動は無意識下の思考と結びつき、状況に応じて柔軟かつ的確にお客様に対応する力を育てます。

当社では、これらの習慣を日々の業務に自然に組み込むため、毎朝平日9時から10分間、YouTubeライブにて「執事の朝礼ライブ」を配信しています。このライブでは、感情の整え方をテーマに実際の執事が実践している内容をリアルタイムでご紹介しています。ご興味のある方は、ぜひお気軽にご参加ください。朝のたった10分間が、その日一日を大きく変えるきっかけになるはずです。

感情が第一印象を決定づける|メラビアンの法則

心理学者アルバート・メラビアンの研究によれば、人が他者から受ける印象の55%は視覚情報(見た目、表情、姿勢)によって決まるとされています(メラビアンの法則)。声のトーンが38%、言葉の内容はわずか7%しか影響しないというこの法則は、非言語的な要素がいかに人間関係に影響を与えるかを示す有名な指標です。

つまり、執事が常に凛とした姿勢と穏やかな表情を保っていることは、第一印象の良さだけでなく、その後の信頼関係構築にも大きな影響を与えます。とりわけ、初対面のお客様との出会いにおいては、この第一印象が全てを左右すると言っても過言ではありません。

まとめ|執事のおもてなしは感情コントロールから始まる

富裕層のお客様に選ばれる執事になるためには、知識や技術以上に「感情の安定性」が問われます。人間である以上、誰しも気分の浮き沈みは避けられません。しかし、感情を放置するのではなく、意識して整えることができるのが“プロフェッショナル”なのです。

姿勢を整え、感謝の言葉を口にし、おもてなしの可能性を日々想像する。これらの習慣を日常に組み込むことで、執事としての人間力が磨かれ、お客様の信頼と感動を獲得することができます。おもてなしとは、感情の質を磨くことから始まります。今日から、皆さまの生活にもこの3つの習慣を取り入れてみてはいかがでしょうか。

参考文献

  • 新井直之(2017)『執事が教える至高のおもてなし』きずな出版
  • Amy Cuddy(2015)『Presence: Bringing Your Boldest Self to Your Biggest Challenges』Little, Brown Spark
  • Martin E.P. Seligman(2004)『Authentic Happiness』Free Press
  • Albert Mehrabian(1971)『Silent Messages』Wadsworth Publishing
  • Howard Friedman & Ronald Riggio(1982)『The Power of Nonverbal Communication』Allyn & Bacon

記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

本物執事の新井直之
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