「天気」は変えられないが、
「準備」は変えられる。

― 執事が実践する、不測の事態を乗りこなす「影響の輪」の思考法 ―

「影響の輪」という言葉を聞くと、少し抽象的に感じる方も多いかもしれません。
けれど、執事の仕事を続けていると、私はこの考え方が“最も現場で役に立つ思考法の一つ”だと確信するようになりました。

なぜなら、富裕層・VIPのお客様をお支えする現場では、思い通りにならないこと、コントロールできないことが、必ず起こるからです。
本稿では、アドラー心理学の重要概念でもある「課題の分離」と「影響の輪」を、執事の実務視点から解説します。

コントロールできない現実と
どう向き合うか

私たちの仕事場である「富裕層の日常」は、一見すると優雅で、すべてがコントロールされているように見えるかもしれません。
しかし実際は、不測の事態の連続です。

急な予定変更、予期せぬ交通渋滞、突然の悪天候、相手方の都合によるキャンセル、外部スタッフのミス、さらには社会情勢の変動……。
これらはすべて、私たちの「関心事」ではありますが、私たちが直接手を下して変えることのできない領域です。
この「変えられないもの」に執着し、イライラしたり落ち込んだりしていては、プロフェッショナルとしての品質を保つことはできません。
そこで鍵になるのが、スティーブン・R・コヴィー博士が提唱した「影響の輪」という概念です。

「関心の輪」と「影響の輪」
その決定的な違い

まず、定義を整理しましょう。
私たちの周りにある物事は、大きく2つの輪に分類できます。

関心の輪
天気・景気・他人の感情
過去・交通状況
(コントロール不可)
影響の輪
自分の行動・準備
言葉・態度
(コントロール可能)

多くの人は、無意識のうちに外側の「関心の輪(変えられないもの)」にエネルギーを使ってしまいます。
「なんで雨が降るんだ」「なんであの人はあんな態度なんだ」「景気が悪いから仕方ない」。
しかし、これらにどれだけ悩み、怒ったところで、現実は1ミリも変わりません。それどころか、精神的に消耗し、本来の実力を発揮できなくなってしまいます。

対して、一流の執事は、内側の「影響の輪(変えられるもの)」に全エネルギーを集中させます。
この2つの違いを理解するだけで、日々の仕事の「疲れ方」と「成果」が劇的に変わります。

反応的な生き方
(影響の輪が縮小)

・コントロールできないことに悩む
・不満、不安、怒りが増える
・「環境」や「他人」のせいにする
・結果、信頼が積み上がらない

主体的な生き方
(影響の輪が拡大)

・コントロールできることに集中する
・小さな改善が積み上がる
・経験と知識が増える
・自信と信頼が形成される

執事の現場エピソード:
天候は変えられないが、準備は変えられる

概念だけでは分かりにくいかもしれません。実際の現場でのエピソードをご紹介します。
ある日、お客様の非常に重要なご移動がありました。
ところが、当日は予報外の急な悪天候に見舞われ、交通機関が乱れ、予定が崩れそうになったのです。

この状況で「なんて運が悪いんだ」「天気予報が外れたせいだ」と嘆くことは簡単です。
しかし、それは「関心の輪」に逃げ込む行為であり、何の問題解決にもなりません。
そこで私は、意識を強制的に「影響の輪」に向けました。

私がその時、集中したこと(影響の輪)
  • ・交通情報の更新を最短間隔でチェックする
  • ・陸路・空路を含めた代替ルート候補を3つ作成する
  • ・予定先へ「遅延の可能性」を先回りして連絡し、心証を守る
  • ・お客様のストレスを減らすための車内環境(温度・飲料・資料)を再整備する
  • ・「起こり得る最悪」に備えた“次の一手”を懐に用意しておく

結果として、お客様の予定は最小限の乱れで遂行できました。
後日、お客様からは「あの状況でよく間に合わせてくれた。君がいれば安心だ」というお言葉をいただきました。
天候は変えられません。しかし、準備の質は変えられます。
この「変えられることへの執着」の差が、プロとアマチュアの信頼の差になるのです。

「影響の輪」を広げる秘訣:
“今日できること”をやり切る

執事の朝礼ライブでは、次のようにまとめられていました。
「今日1日できることを思う存分にやりましょう。それはつまらないこと、やりたくないことかもしれない。でも、それを1日1日積み上げることで人生と仕事の信頼が上がる」

ここが最も重要な核心です。
影響の輪を広げる行為とは、決して派手な成果を出すことや、魔法のような解決策を見つけることではありません。
むしろ、地味で、面倒で、誰も見ていないようなことを、淡々と積み上げることです。

・靴を磨く
・情報を整理する
・お礼のメールを送る
・体調を整える

これらはすべて「影響の輪」の中にあります。
富裕層のお客様は、「一発逆転のホームラン」よりも、こうした「乱れのない日々の積み上げ(再現性)」を信頼の根拠にされます。
今日できることを、今日やり切る。
そのシンプルな連続だけが、私たちの影響力を広げ、人生の主導権を取り戻す唯一の方法なのです。

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記事執筆者・監修者

新井 直之
(NAOYUKI ARAI)

執事
日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人 日本執事協会 代表理事
一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校 校長

大富豪、超富裕向け執事・コンシェルジュ・ハウスメイドサービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を2008年に創業し、現在に至る。

執事としての長年の経験と知見を元に、富裕層ビジネス、おもてなし、ホスピタリティに関する研修・講演・コンサルティングを企業向けに提供している。

代表著作『執事が教える至高のおもてなし』『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣』。日本国内、海外での翻訳版を含めて約20冊の著作、刊行累計50万部を超える。

各ビジネス関連メディアにてインタビュー・寄稿記事を連載中。
日経ビジネス電子版
ダイヤモンドオンライン
プレジデントオンライン
東洋経済オンライン
現代ビジネス

本物執事の新井直之
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