現役執事が語る『黒執事』について

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~フィクションと現実のあいだで~

アニメ、漫画の世界で「執事」といえば、皆さまがまず思い浮かべるのは『黒執事』のセバスチャン・ミカエリスかもしれません。
完璧な所作と非の打ち所のない対応、そして「あくまで執事ですから」という名セリフ。
本記事では、現役で執事として活動している私たちの視点から、『黒執事』に描かれる執事像と、実際の執事との共通点や違いについてご紹介いたします。フィクションだからこその面白さ、そして意外なリアリティにも触れながら解説してまいります。


『黒執事』の時代背景:ヴィクトリア朝とは?

『黒執事』の物語は、19世紀末のイギリス、ヴィクトリア朝を舞台としています。この時代は、貴族社会の最盛期であり、華やかな礼儀作法と厳格な身分制度が共存していました。実際の執事たちもこの時代に数多く存在し、屋敷を管理する専門職として活躍していました。


セバスチャン・ミカエリスは本当に「理想の執事」か?

セバスチャンは、料理、紅茶の準備、衣服の管理から、格闘技、推理まで、あらゆる分野において完璧な能力を発揮します。もちろん、彼が「悪魔」であるという設定がある以上、超人的であることに違和感はありません。ですが、「多様なスキルを持ち、幅広く対応できる執事像」という意味では、現実の私たちにも通じる部分があります。
実際の執事も、料理人やメイドなどの専門職のスタッフと連携しながら、全体を管理・調整する役割を担っています。戦闘能力こそ不要ですが、咄嗟のトラブル対応や冷静な判断力は日常業務でも重要な要素です。


「主従関係」としてのリアリティ

『黒執事』に登場する主人・シエルとセバスチャンの関係は、非常に特殊です。魂の契約という非現実的な設定はさておき、「主人に仕える姿勢の徹底」という意味では、私たちも共感する部分がございます。
現代の執事は、あくまで雇用関係に基づくプロフェッショナルとして、信頼と距離感を保ちながら、お客様の生活をサポートいたします。特に富裕層のお子様との接し方については、セバスチャンのような品位と配慮が求められる場面も少なくありません。


衣装・所作・紅茶の描写

『黒執事』の魅力の一つに、美しい衣装や細かな所作の描写があります。燕尾服、紅茶のマナーなどは、実際の執事業務に通じる要素が数多く含まれています。例えば、紅茶の淹れ方やティーセットの扱い方など、原作者・枢やな先生のリサーチ力には目を見張るものがあります。実際、弊社の研修でも紅茶のサーブに関する専門知識や実技指導は重視されており、作品内での描写に「あるある」と頷いたこともございます。
ただし、白手袋の常時着用については、現実とは異なる描写であることに注意が必要です。特にヴィクトリア朝時代においては、執事が手袋をつけることは原則として避けられており、これは一種の慣習・文化的背景に基づいた「禁止」に近い扱いでした。
具体的には以下のような理由が挙げられます。

衛生観念 :当時は「執事の手は常に清潔であるべき」とされており、手袋で覆うよりも素手を洗って清潔を保つ方が上等と考えられた。
職務の性格:執事の業務にはワインのサービスや銀器の取り扱いなど繊細で正確さが求められる作業が多く布地越しの手袋では滑って事故の原因になり得るため、実用性の面からも着用は敬遠されていました。
階級のシンボル性:白手袋はむしろ下位の従僕であるフットマンが着用しており、執事がそれを避けることで自らの上位性や信頼性を暗黙のうちに示す役割もあったのです。

一方で、フットマンは白手袋を着用していました。これは見た目の演出だけでなく、高温のトレイを運ぶ実用目的や、当時あった「フットマンの手は未熟で汚れている」という偏見を隠すためでもありました。

なお、例外的に1918年のスペイン風邪パンデミック以降、衛生への関心が高まり、一部の上流階級では執事にも手袋の着用を求める風潮が生まれたこともあります。つまり、白手袋の常時着用はむしろ20世紀以降の新しい慣習と言えます。
現代執事が白手袋をするのは、お客様の大切な調度品(バカラ置物、エルメス鞄など)を取り扱う場合であり、通常業務ではヴィクトリア朝時代の執事同様、清潔に保っている素手を用いております。

執事以外のスタッフとの関係性

作品内では、メイリン(メイド)、バルド(料理担当)、フィニアン(庭師)といった召使いたちが登場します。
セバスチャンがこれらのスタッフをまとめ上げる姿は、まさに現実の執事が家庭内スタッフの統括役であることと一致します。
現代でも、複数の専門スタッフが働く家庭では、執事が全体の動線やスケジュールを調整し、スムーズな運営を支える存在となります。

『黒執事』が与えた影響

意外なことに、『黒執事』をきっかけに「執事という職業に興味を持った」という若者は少なくありません。私たち日本バトラー&コンシェルジュ株式会社にも、そうした声が届くことがございます。
フィクションの世界を通して、「執事とは何か」を知る第一歩として『黒執事』が果たす役割は非常に大きく、実際の業界にも好影響を与えていると感じています。

当社が担当した映画版『黒執事』への執事監修・所作指導の現場

数年前のことになりますが、当社は映画版『黒執事』において、執事監修および所作指導を担当させていただきました。実在の執事としての知見と経験を活かし、作品の世界観の深化とリアリティの追求に貢献できたことを大変光栄に思っております。


執事監修とは、衣装・小道具・大道具・セリフなど、映画制作に用いられるあらゆる要素に対し、「執事として歴史的・文化的に妥当か」「現在の執事の観点から違和感がないか」といった点を多角的に考証し、アドバイスを行う業務です。『黒執事』はあくまでフィクションであり、作品独自の世界観とエンターテインメント性が何よりも重視されますが、その中に現実の執事の様式や精神性が織り込まれることで、観る人にとってより深く、魅力的な「執事の世界」が立ち上がるのではないかと考えています。


また、所作指導では、執事本人として、あるいは執事のいる名家の御曹司、御令嬢としてふさわしい立ち居振る舞いを、演者の方々に対して丁寧にご指導させていただきました。具体的には、歩き方・お辞儀の仕方・紅茶の注ぎ方、さらには食事やティータイムにおけるマナーや心構えなど、細部にわたる指導を実施いたしました。主演の水嶋ヒロさん、剛力彩芽さんをはじめとするキャストの皆様には、そうした動作一つ一つに真摯に取り組んでいただき、執事の精神性や美意識が自然ににじみ出るような演技を目指していただけたことが印象に残っています。


エンターテイメント作品である以上、完全な再現性よりも作品全体の魅力や物語性が優先されるべきではありますが、その中にリアリティが宿ることで、観客の心をより深く惹きつけるのもまた事実です。私たちはその一端を担えたことに、執事としての誇りと責任を感じております。


『黒執事』という作品を通じて、「執事」という存在に少しでもご興味を持っていただけましたら、これ以上の喜びはございません。

記事執筆者・監修者

梶原 優太
(Kajiwara Yuta)

日本バトラー&コンシェルジュ株式会社
経営企画部兼バトラーサーヴィス部所属
社長補佐
階級:バトラー

実績
・執事監修・演技指導
ショートドラマ 「BUTLER」
小山慶一郎様と 宮舘涼太様に対し、執事所作指導を担当

日本執事学校INVRChat講師



一般社団法人 日本執事協会
特任研究員 

一般社団法人 日本執事協会 附属 日本執事学校
講師
主な授業内容(執事史、メイド史)

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